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連載小説
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野生の掟
「……あぁ!? 大切な話があって来ただぁ? というかテメェ、いつの間に進化しやがった!?」
 それから数十分後。ベロベルトの姿は森の湖の畔にあった。波打ち際に突き出したテーブル状の岩にうつ伏せに寝そべりながら、面倒くさそうに返すオーダイル。ベロベルトは小さく首を縦に振る。
「ついさっきだよ。オイラもよく分からないけど、気が付いたらこの姿になっていたのさ。……それは置いといて、本当に大切な話なんだ。よく聞いてほしい」
 ゴクリと唾を飲み下すベロベルト。その体は小刻みに震えていた。
「なら早く言え! 日光浴の最中に押しかけてきやがって!」
 ドサッ!
 一番の楽しみを邪魔されたのが相当に気に入らないようだった。不機嫌そうに体を起こしたオーダイルは砂浜に飛び降りる。
「長ったらしい話だったら承知しねぇぞ? あぁん!?」
「うぅっ……!」
 物凄い形相で恫喝され、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られるベロベルト。しかし、ここまで来て退く訳にはいかなかった。足の裏に力を込めて踏ん張った彼は――勇気を出して重い口を開く。
「分かったよ。それなら単刀直入に言わせてもらう。……この森から出て行ってほしい」
「なっ……!?」
 思ってもみなかった言葉に面食らってしまうオーダイル。が、それも束の間、
「あぁ!? 今なんつった!? もういっぺん言ってみろ!」
 こめかみに青筋を立てた彼は目を血走らせる。
「この森から出て行ってほしい。……聞こえたかい?」
 もう後戻りはできなかった。声が震えるのを必死に抑えながら復唱するベロベルト。当然のごとくオーダイルは怒りを爆発させる。
「この森から出て行けだぁ!? お断りだぜぇ! こんなにも居心地が良い場所から誰が出て行くかってんだ!」
 このベロベルトから搾取するだけで暮らしていけるのである。そんな極楽のような生活を彼が手放す訳がなかった。キッパリと拒否した彼は更に続ける。
「第一、この俺様が、何が悲しくてテメェみてぇな奴隷ごときに指図されなきゃならねぇんだ!? ……何度でも教えてやるぜ。この世は弱肉強食だ。強ぇ奴が弱ぇ奴を搾取し、弱ぇ奴は強ぇ奴に搾取される、それが摂理ってもんよ。弱ぇテメェは強ぇ俺様の言うことだけ聞いてりゃいいんだ!」
 一喝するオーダイル。口を真一文字に結びながら恐怖に耐えていたベロベルトは――あろうことか首を縦に振る。
「……君の言うとおりだよ。異論はない。だから、オイラは一切の口答えをしないでおくつもりだったんだ。君が弱肉強食の摂理を忠実に守ってくれる限りはね」
 予想外の台詞だった。それまで怒り心頭だったオーダイルの表情が僅かに緩む。
「……ほぅ? そいつは殊勝な心がけだ。なぜそう思う?」
「簡単な話だよ」
 ベロベルトは進化して厚さと幅を増した長い舌を垂らす。
「弱い子を搾取して生きているという点では君と同じだからさ。……オイラは弱い子を見つけては搾取することで生き延びてきた。この長いベロで舐め回して痺れさせ、動きが鈍ったところを丸呑みにし、胃袋でトロトロに溶かして養分に変え、腸で余すところなく吸収し、お尻の穴からひねり出す。そう、食べるという究極の搾取をね。さっき君も見たでしょ? オイラに搾取されちゃった子の成れの果ての姿を?」
 垂らしたベロで三段巻きの蜷局を作ってみせるベロベルト。オーダイルはフンと鼻を鳴らす。
「けっ、どうりで臭ぇと思ったぜ。やっぱり獲物を喰ってやがったか。……それはそうと、よく分かっているじゃねぇか! 食い物には感謝しねぇとなぁ!? グハハハハッ!」
 そう言って大笑いするも、
「……話を元に戻すぜ。この俺様が弱肉強食の理を守ってねぇとはどういう了見だ? 弱肉強食という言葉がオーダイルの形をしているのがこの俺様だっていうのによぉ?」
 元の表情に戻るまでは早かった。オーダイルはベロベルトの顔を覗き込む。
「……からだよ」
「あぁ!? なんだって?」
 上手く聞き取れなかった。彼は耳に手を当てる。
「食べていないからだよ……!」
 顔を上げてオーダイルを真っ直ぐに睨むベロベルト。その目には大粒の涙が浮かんでいた。彼は更に言葉を続ける。
「オイラは今まで見てきた。反抗的だから、邪魔だから、気に入らないから。そんな身勝手な理由で君が何十もの命を奪ってきたのを。そして、彼らを食べることもなく、腐り果てるままにしてきたのを……!」
 ベロベルトは鼻水を啜る。
「この際だから目をつぶろう。その中にオイラの仲間が大勢いたことも、初恋の相手がいたことも。でも……オイラにはどうしても許せない。食べもしないのに命を奪うということが。それは命に対する冒涜だ……!」
 静かなる怒りを燃やすベロベルト。涙を拭った彼はオーダイルを指差す。
「……君に決闘を申し込む! 出て行かないと言うのなら力ずくで出て行かせるまでだ! もう君の好きになんかさせるものか! 報いを受けてもらう!」
 その言葉をポカンとした様子で聞いていたオーダイルだったが、やがて彼は脱力した顔で肩を竦め、深い溜め息を吐き出す。
「……ちっ、テメェは生かしておくだけの価値があったから、殺さずに奴隷として扱ってきてやったってぇのに。それも今日までだ、この恩知らずが」
 そこでオーダイルの表情は修羅のごとき形相へと変貌する。
「テメェみてぇな脂身だらけのゲテモノ食いなんざぁ、臭くて喰えたもんじゃねぇだろうが、そんなに不満なら喰ってクソにしてやるぜぇ! どっちが強ぇか体で教えてやった後でなぁ!? ……グルァァァァァァッ!」
 咆哮を上げるオーダイル。時は真夏の昼下がり。ベロベルトの命を賭した戦いが幕を開けるのだった。
24/08/11 07:26更新 / こまいぬ
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