夢に向かって【下】【小】
「うっひゃあ! 今度も凄い勢いだ!」
一度に出しきれる量ではなかったらしい。彼が遠足から帰ってきて最初にすることになったのは立ち小便だった。佇んでいたのは――高さ数十メートルの断崖絶壁。見晴らしの良い木陰でゴロゴロして過ごすべく、果樹園のある裏山の頂上にやってきたのだった。
「えぇっ、嘘でしょ!? これってもしかして……虹!?」
いきなり頓狂な声を上げるベロベルト。目の錯覚などではなかった。体の中心から崖下に向かって伸びる黄金色のアーチの脇にもう一本、七色のアーチが浮かび上がったのである。
「あははっ、オシッコで架けちゃったよ! もぉ、オイラったら汚いなぁ!」
面白おかしくて仕方ない光景だった。二本の曲線を交互に見やった彼は大笑いする。
その後も丸太小屋の住民たちから絞り取った水分をジョボジョボと大地に還元していくベロベルト。放尿するほどに輝きを増していく七色の光に願わずにいられなかったのは六匹の冥福だった。
「よかったじゃないの、君たち! こんなにも綺麗な虹になれたんだ! もし次に生まれてくることがあったら、きっと真っ当な道を歩むんだよ! でなきゃ、またオイラに食べられてウンチにされちゃうだけだからね! ……まぁ、それはそれで、オイラとしては嬉しいんだけど! あははっ!」
祈っているのか貶しているのか分からなかったが、食べた獲物は笑って見送ってやるのが彼なりの流儀だった。段々と勢いを失っていく黄金色の噴流に一抹の名残惜しさを覚えた彼は、最後にもう一度、断崖絶壁に架かった七色のアーチを目に焼き付ける。
「じゃあね! バイバイ!」
塞がった両手の代わりにベロを振って別れの挨拶を述べるベロベルト。そこで回れ右をして絶壁に背を向けた彼は、ポタポタと黄色い雫が滴り落ちるのみとなった雄の象徴を元あった場所へと仕舞いにかかる。
「んっ……あれっ? なんで……?」
どういう訳か上手く収まってくれなかった。股間をベロで弄る彼の口から戸惑いの声が漏れる。
「んくっ……! この……!」
意地になって力任せに押し込もうとしたのが運の尽き。彼は最悪の事態に見舞われる。
「げっ、しまった! 大きくなって……!」
充血する感覚に慌ててベロを離すも時すでに遅し。最高に精が付く食べ物を六匹も堪能した翌日であることも相まって、瞬く間にトロピウスの首の房となって天を衝いてしまう。
「おほぉっ! こんな立派になっちゃうんだ! あぁ、進化できてよかった……!」
その雄姿を見て喜びを新たにするも――間もなくして彼は底なしの脱力感に襲われる。
「あーあ、恥ずかしいったらありゃしないよ。何をやっているんだい、オイラは……」
意味もなく熱くさせてしまった雄の象徴を目の前に意気消沈してしまうベロベルト。こうなってしまったら、ゆっくりと風に当てて冷ます他なかった。彼は果樹園で一番の大木を目指して歩き始める。もっと楽な移動方法があったが、この状況でその手段を取る勇気はなかった。
「ふひぃっ、ちょっと歩いただけでこれだよ……。何が何でも両手だけは離さないようにしないと……!」
さもないと雄の象徴をボキリと根元からへし折られるという、昨晩に食べたグレイシアも真っ青の運命が待ち受けるのである。ボリューミーな腹周りの贅肉を両腕いっぱいに抱えた彼は、よろめく足取りで前へ前へと進んでいく。お目当ての木の幹に背中を預け、尻尾を股の間に通して前へ出し、腰を下ろして両足を伸ばせば一安心。ベロベロと額と首周りの汗を舐め取った彼の口から深い溜め息が漏れる。
「はぁ、だらしない体になっちゃったなぁ……」
当分は食べ物の心配をしなくて済むようになったのが嬉しいだけに、複雑な気持ちだった。改めて自分自身を見つめ直した彼の顔に苦笑いが浮かぶ。
だらしないと言えば――。自身の股間へと視線を移すベロベルト。何度見ても抜群のインパクトだった。彼は一瞬で赤面してしまう。
「こんなの皆に見られたら笑い者もいいところだよ。なんだけど……」
彼は乾いた笑いを漏らす。
「もうオイラとあの子しか生き残っていないんだっけ……。だったら見られる心配なんかしなくていいや。ましてや恥ずかしいと思う必要もないワケで……」
そこで彼は大きく息を吐き出す。
「別に気にすることないんだ。どうせ誰もいないんだからね……」
「いるわよ、ここに!」
「へっ……?」
その声に驚いて上を向くベロベルト。視界いっぱいに飛び込んできたのは――上下逆さまになったジャローダの顔だった。
「……うわっ、うわわわっ!? きっ、君! いつからそこに!?」
とっさに股間を両手で隠すも手遅れだった。ジャローダの顔いっぱいに意地悪な笑みが浮かぶ。
「うふふっ、あなたが来るずっと前からよ! ここから全て見させてもらったわ!」
「みっ、見させてもらったって……ちょっと! いるなら一声かけてよ!」
大いに憤慨するベロベルト。彼女は挑発するかのように二股の舌を垂らしてみせる。
「あらあら、そんなの気付かない方が悪いのよ。この前に会った時もそうだったわね。私に為す術もなく頭をしゃぶられちゃったのは……どこの誰だったかしらん?」
「うっ……」
耳の痛い話だった。食うか食われるかの世界では一瞬の油断も許されないのである。彼は言葉に窮してしまう。
舐めるような眼差しでベロベルトの身体を眺めるジャローダ。目に留まったのが体の中心であることは言うまでもなかった。彼女は嘲笑を禁じ得ない。
「あーら、昼間からお盛んなこと! 可愛い子でもゲットしたのかしら?」
からかい半分で尋ねるジャローダ。彼の顔にブスッとした表情が浮かぶ。
「うるさいなぁ、まだだよ。……そう言う君はどうなのさ? 最後に君の浮いた話を聞いたの、もう随分と前になるんだけど?」
言われっぱなしでは終われなかった。彼は即座に反撃する。
「ふんっ、まだ探し中よ。好みの相手が現れないんだから仕方ないでしょ?」
キレ気味に返すジャローダ。今度は彼が笑う番だった。
「ほら、またそれだよ。君は理想が高すぎるのさ。そうこうしている間に年だけ取っちゃうのがオチだと思うけどねぇ?」
「ちっ、言ってくれるじゃないの。今に見ていなさい!」
あまり続けたくないトピックだった。股間から両手を離した彼は話を変えるべく口を開く。
「……で、こんな場所まで何の用だい? 何か目的があって来たんだよね?」
「えぇ、もちろん!」
ジャローダは大きく頷く。
「退屈で仕方ないから、お喋りでもと思ってね。お付き合い頂けるかしら?」
「なるほどね。それならお安い御用さ。でも、その前に……」
「その前に……?」
彼はジャローダの尻尾が巻き付いた木の枝を指差す。
「いつまでもそうしていないで降りてきたら? せめて楽な姿勢で話そうよ」
「あら、これでも十分に楽だけど? ……まぁいいわ! それならお言葉に甘えさせてもらおうかしら!」
これ以上に楽な姿勢は一つしかなかった。ニッと口角を吊り上げた彼女は、枝に巻き付けた尻尾を解いて重力に身を任せる。落下した先は――ベロベルトの巨大な腹の上だった。
「うわっ!? ちょ、ちょっと!? 何をして……!?」
数秒後には完全に巻き付かれてしまっていた。肩の上で鎌首をもたげた彼女はリラックスした表情を覗かせる。
「何って……あなたの言ったとおりにしたんじゃないの。文句ある?」
「べっ、別にないけど……一声かけてよ。びっくりするじゃないか」
「あら、ごめんあそばせ!」
ジャローダの胴体を両脇に挟んだ彼が不服そうに言うと、葉っぱの手を口に当てた彼女はペコリと頭を下げるのだった。
間近で姿を見て分かったのは彼女の復調だった。血色の良くなった顔、太さと弾力を取り戻した胴体、瑞々しく生い茂る尻尾の葉っぱ。心強い証拠の数々に彼は顔を綻ばせずにはいられない。
「すっかり元通りの体になったね。先週に会った時とは大違いだよ!」
「ふふっ! 元通りどころか前より随分と太っちゃったわ! あなたとレナードさんのせいでね! お陰で良い迷惑よ!」
ギュッと抱き締めた相手の胴体に頬を寄せるベロベルト。ジャローダはさも嬉しそうに返すのだった。
太ったといえば――今度は彼女が変化に気付く番だった。ジャローダはベロベルトの腹に深々とめり込んだ自身の胴体に視線を落とす。
「そう言うあなたは本当にだらしない体になったわねぇ。これじゃブヨブヨの水風船じゃないの!」
気心の知れた友達に笑われるのは中々に堪えた。恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にした彼はそっぽを向いてしまう。
「シャワーズ、ニンフィア、ブースター、サンダース、グレイシア、リーフィア……だったかしら? よくもまぁ、そんなにも一度に食べたものね。脂肪と贅肉の塊になるのも頷けるわ!」
「えっ!? どっ、どこでその話を……!?」
秘密にしていた筈なのに何故――。ベロベルトの頬を冷や汗が伝う。
「ふーん? もう一つ分かったわ。あなた……私には最後まで黙っておくつもりだったでしょ? 誘ってくれるのを楽しみに待っていたのに! よくも独り占めしてくれたわね……!」
数センチの距離まで顔を近づけてくるジャローダ。絶体絶命のピンチだった。ババロアのように柔らかな彼の贅肉がプルプルと小刻みに震え始める。
「えっと、あの、それは……その……!」
食われる――。体格的にありえない筈なのに本能が叫んでいた。氷のように冷たい深紅の瞳、チロチロと出入りを繰り返す二股に裂けた舌、そして下顎から覗く真っ白い二本の牙。鋭い眼光で射すくめられた彼は、用を足し終えたばかりにもかかわらず、小便を漏らしそうになってしまう。
ガバァッ!
と、大口を開けて襲いかかってくるかと思った次の瞬間だった。今までの表情が嘘だったかのような笑みがジャローダの顔いっぱいに湛えられる。
「ふふっ、冗談よ! 終わったことを今更どうこう言うつもりはないわ! レナードさんからも六匹はあなたに譲るよう言われていたしね!」
「なっ……なぁんだ、レナードさんから聞いていたのか。驚いて損したよ……」
とはいえ、隠していたのが事実である以上は謝らねばならなかった。ホッと大きく息を吐いた彼は重い口を開く。
「でも……ごめん。君も誘うべきだったんだ。もう二度と独り占めしないって誓うよ……」
食べ切れなくなったリーフィアをベロ袋に詰め込んだ時のことを思い出すベロベルト。彼は深く頭を垂れるのだった。
「ふふっ! まぁ、気にしなさんな! 本気で分けて欲しかったら昨日の出発前のあなたを捕まえているわよ! ボコボコにしてね!」
「は……はは……」
……本当に今度から秘密にするのは止めておこう。背筋に冷たいものを感じた彼は精一杯の作り笑いを浮かべるのだった。
「それに、私は私でレナードさんから美味しそうな子を紹介してもらっていたしね。そもそもあなたの獲物に手を出す必要がなかったの」
「えっ、そうだったんだ?」
やっぱりレナードさんは情報通だ。彼は改めて感心させられる。
「ちなみに、どんな子を紹介してもらったの?」
食に関することなら何でも知りたかった。彼は即座に質問する。
「見張りよ。例の丸太小屋の!」
「えっ、そんなのがいたの!?」
開いた口が塞がらなかった。ジャローダは笑顔で頷く。
「えぇ、いたわ! 可愛らしいフタチマル君が一匹だけね! あなたが無事に丸太小屋まで辿り着けたのは私のお陰なんだから感謝なさいよ?」
鼻を高くするジャローダ。ベロベルトは舌なめずりをする。
「おっ、いいなぁ! 割と筋肉質な感じで食べ応えありそうだよね、あの子! ……で、この太い胴体で締め落としてゴックンチョしたんだ?」
「えぇ! お尻から一口で呑み込んであげたわ! まだ若い子だったから締め落とすのは勘弁してあげたけどね!」
驚きの発言だった。ベロベルトはキョトンとした顔を向ける。
「へっ? それならどうやって動きを封じたのさ?」
「ふふっ、もう忘れたのかしら!? ベロベロ舐め回して痺れさせるのは……あなたの専売特許じゃなくってよ?」
ダラリと口から垂らした二股の舌を妖しく揺らしてみせるジャローダ。こうして見ると、意外と肉厚で幅もあることがよく分かる。
「あぁ、思い出した! ハブネークだ! 君、確か彼に教えてもらっていたんだっけ?」
ポンと手を打つベロベルト。彼女は嬉しそうにしてみせる。
「そう! せっかく教わったんだから使わないとね! したでなめる攻撃! ……ツルで両手両足を縛って宙ぶらりんにして、全身ベトベトになるまで舐め回してあげたの! 今まで半信半疑だったけど……本当にビリビリ痺れて動けなくなっちゃうのね、あれ! びっくりしちゃった!」
テンション高めに喋り倒すジャローダ。彼女のトークは更に続く。
「あんな楽しい技ったらないわ! 特に技をかけている時の相手の表情よ! あの情けなさそうな、恥ずかしそうな、気持ち悪そうな、くすぐったそうな……あぁ、何て表現したら良いのかしら!? まぁ、とにかくあの表情よ! 見ているだけで最高に興奮しちゃった! 面白かったわぁ!」
葉っぱの手を両頬に当てて、うっとりとした表情を覗かせるジャローダ。心の底から同意できた。腕組みをした彼は何度も頷いてみせる。
「あー、わかるなぁ、それ! ゾクゾクしちゃうよね、あの表情! ついでに言うと、オイラは臭そうな表情も大好きだなぁ。それ見たさに顔なんか思い切り舐め回しちゃったりして! ……体の汚れを舐め取るのにも使っているから、割と臭いらしいんだよね、オイラのベロ。そんなに臭いかなぁ?」
ニュッと伸ばしたベロを自身の鼻先まで持って行ってクンクンやり始めるベロベルト。両手で口元を覆った彼女は上体を仰け反らせる。
「もーっ、汚いわね! 食べられる子の身にもなりなさいよ! あなたの象徴でしょうが! それくらい綺麗にしておいたらどうなの!?」
「ははっ、そりゃ無理だよ。こんな暑い時期は特にね。どれだけ舐め取っても汗をかいちゃうんだ。いちいち綺麗にしていたんじゃ埒が明かないよ! そもそも歯がないから口の中を清潔にする習慣もないことだし! あははっ!」
ネバーッとした唾液で溢れ返る口を大きく開けて笑うベロベルト。いよいよジャローダは嫌悪感を露わにする。
「あなたに今まで食べられてきた子たちに同情するわ。臭かったでしょうに!」
顔を背けて嫌味たっぷりに言うも効果なしだった。彼は底抜けに明るい顔で笑い続ける。
「別に良いじゃない! 臭くたって! 臭いで怯んだ隙に頭から爪先までベロリンチョ、痺れて動けなくなったところをベロで絡め取ってゴックンチョさ! あははっ!」
麻痺と怯みの最強コンボだった。彼は誇らしげに胸を張る。
……この話題はもう止めにしましょう。口の中がしょっぱくなる症状に見舞われた彼女は次の話題を探し始める。
「あれ? それはそうと……食べた子は? どこも膨らんでいないよね、君のお腹?」
訝しげに尋ねるベロベルト。彼はジャローダの胴体をベタベタと触り始める。
よりにもよって下ネタを振られるとは……。大いに脱力してしまうも、彼女は努めて平静を装いながら口を開く。
「そりゃそうよ! さっき別れの儀式を済ませたばかりだもの! ……ほら、あそこ! 借りさせてもらったわ!」
ジャローダは果樹園の一角に設けられた真新しい土饅頭を顎でしゃくってみせる。
「ははーん、なるほど。別れの儀式……ね」
ジャローダと同じ方を向いたベロベルトは目を細くする。
「そのとおり! 臭い足になりたくなかったら踏みつけちゃダメよ?」
「ご丁寧にどうも! 気を付けさせてもらいます!」
冗談めかして言うジャローダ。そんな彼女にベロベルトは恭しく敬礼してみせるのだった。
「ほんと、馬鹿な子よ。何が悲しくて違法伐採者の用心棒なんて引き受けたのかしらね? 修行して強くなりたいんだったら、他にいくらでも道はあったでしょうに……」
じっと土饅頭を見つめた彼女は嘆くように呟く。
「あ……その話、君もレナードさんから聞いたんだ?」
途端にジャローダは目を吊り上げる。
「聞いたに決まっているでしょ!? 腸が煮えくり返るかと思ったわ! それもようやく少しスッキリしたところよ! あいつをウンコにし終わってね!」
かなり頭に血を上らせているらしい。ジャローダは乱暴な言葉でまくし立てる。
「ま……まぁまぁ! 落ち着いて! それに君は女の子なんだから、もっと上品な言葉を選ばなくちゃ! たとえば……黄金とか!」
そう言って両手のひらを見せた彼であったが、ジャローダはフンと鼻を鳴らすのみだった。彼女は更に続ける。
「落ち着いてなんかいられないわ! あなた……私たちが置かれている状況を理解しているの? これから私とあなたで永遠に森を守り抜いていかなきゃならないのよ!? 今回はレナードさんの助けもあって撃退できたけど……次からも上手くやっていける保証なんてどこにあるワケ!? 二匹しかいないのよ!? この広い森の中でたった二匹……! どうしろっていうのよ! ……あぁっ!」
最後は涙声だった。ベロベルトの胸に顔を埋めたジャローダの両目から大粒の涙がボロボロと溢れ始める。
退屈で仕方なかったんじゃない、不安で胸が押し潰されそうだったからオイラを訪ねて来たんだね。彼女の心中を察した彼は、腹周りの贅肉ごとジャローダを強く抱き締める。
「君の言うとおりだよ。保証はどこにもない。……でもね、希望はある。オイラには夢があるんだ」
短くも力強い言葉だった。涙に濡れた顔を上向けた彼女の瞳に光が戻る。
「ふふっ……そういえばそうだったわね! すっかり忘れていたわ! あなたが広げまくっていた大風呂敷……!」
ジャローダの目を見つめた彼は小さく首を縦に振る。
「そう! 思い出してくれたかい!? その夢だけど……これから実現に向けて動き出そうと思っているんだ。きっと多くの場面で君の力が必要になると思う。特に仲間集めの部分でね」
そこで一呼吸を置いた彼はプロポーズの言葉を口にする。
「改めてお願いするよ。オイラと一緒に……このブッ飛んだ夢を叶えてみないかい?」
一笑に付したのが昨日の出来事のようだった。彼女は葉っぱの手でベロベルトの拳を包み込む。
「叶えてみるに決まっているじゃないの! このホラ吹き男! 途中で諦めたら承知しないんだから!」
「やったぁ! ありがとう! 今日からよろしく!」
そのまま熱い抱擁を交わす二匹。直後に彼の目に映り込んできたのは、果樹園を覆い尽くさんばかりに生い茂った雑草と、オーダイルに蹴り倒されて枯れ果てた果樹の姿だった。
すべきことは目の前に積み上がっていた。彼はダラダラしたい気持ちをゴミ溜めに投げ捨てる。
「早速で悪いけど、今から草むしりと掃除をしようと思っているんだ。よかったら手伝ってもらえるかい?」
「もちろんよ! パパッとやって終わらせちゃいましょう!」
二つ返事で快諾して地面に降り立つジャローダ。雄の象徴も元の大きさに戻った後だった。今度こそ股の裂け目の中に収納した彼は、両足に力を込めて立ち上がる。
「よぉし、やるぞぉ!」
「えぇ! 亡くなった仲間達のためにも頑張りましょう!」
涙を拭い取り、傍らのベロベルトに続いて掛け声を上げるジャローダ。脳裏に浮かんだのは、親友の一匹だったハブネークの姿だった。
よく晴れた夏の空の下。二匹は大いなる夢への第一歩を踏み出すのだった。
一度に出しきれる量ではなかったらしい。彼が遠足から帰ってきて最初にすることになったのは立ち小便だった。佇んでいたのは――高さ数十メートルの断崖絶壁。見晴らしの良い木陰でゴロゴロして過ごすべく、果樹園のある裏山の頂上にやってきたのだった。
「えぇっ、嘘でしょ!? これってもしかして……虹!?」
いきなり頓狂な声を上げるベロベルト。目の錯覚などではなかった。体の中心から崖下に向かって伸びる黄金色のアーチの脇にもう一本、七色のアーチが浮かび上がったのである。
「あははっ、オシッコで架けちゃったよ! もぉ、オイラったら汚いなぁ!」
面白おかしくて仕方ない光景だった。二本の曲線を交互に見やった彼は大笑いする。
その後も丸太小屋の住民たちから絞り取った水分をジョボジョボと大地に還元していくベロベルト。放尿するほどに輝きを増していく七色の光に願わずにいられなかったのは六匹の冥福だった。
「よかったじゃないの、君たち! こんなにも綺麗な虹になれたんだ! もし次に生まれてくることがあったら、きっと真っ当な道を歩むんだよ! でなきゃ、またオイラに食べられてウンチにされちゃうだけだからね! ……まぁ、それはそれで、オイラとしては嬉しいんだけど! あははっ!」
祈っているのか貶しているのか分からなかったが、食べた獲物は笑って見送ってやるのが彼なりの流儀だった。段々と勢いを失っていく黄金色の噴流に一抹の名残惜しさを覚えた彼は、最後にもう一度、断崖絶壁に架かった七色のアーチを目に焼き付ける。
「じゃあね! バイバイ!」
塞がった両手の代わりにベロを振って別れの挨拶を述べるベロベルト。そこで回れ右をして絶壁に背を向けた彼は、ポタポタと黄色い雫が滴り落ちるのみとなった雄の象徴を元あった場所へと仕舞いにかかる。
「んっ……あれっ? なんで……?」
どういう訳か上手く収まってくれなかった。股間をベロで弄る彼の口から戸惑いの声が漏れる。
「んくっ……! この……!」
意地になって力任せに押し込もうとしたのが運の尽き。彼は最悪の事態に見舞われる。
「げっ、しまった! 大きくなって……!」
充血する感覚に慌ててベロを離すも時すでに遅し。最高に精が付く食べ物を六匹も堪能した翌日であることも相まって、瞬く間にトロピウスの首の房となって天を衝いてしまう。
「おほぉっ! こんな立派になっちゃうんだ! あぁ、進化できてよかった……!」
その雄姿を見て喜びを新たにするも――間もなくして彼は底なしの脱力感に襲われる。
「あーあ、恥ずかしいったらありゃしないよ。何をやっているんだい、オイラは……」
意味もなく熱くさせてしまった雄の象徴を目の前に意気消沈してしまうベロベルト。こうなってしまったら、ゆっくりと風に当てて冷ます他なかった。彼は果樹園で一番の大木を目指して歩き始める。もっと楽な移動方法があったが、この状況でその手段を取る勇気はなかった。
「ふひぃっ、ちょっと歩いただけでこれだよ……。何が何でも両手だけは離さないようにしないと……!」
さもないと雄の象徴をボキリと根元からへし折られるという、昨晩に食べたグレイシアも真っ青の運命が待ち受けるのである。ボリューミーな腹周りの贅肉を両腕いっぱいに抱えた彼は、よろめく足取りで前へ前へと進んでいく。お目当ての木の幹に背中を預け、尻尾を股の間に通して前へ出し、腰を下ろして両足を伸ばせば一安心。ベロベロと額と首周りの汗を舐め取った彼の口から深い溜め息が漏れる。
「はぁ、だらしない体になっちゃったなぁ……」
当分は食べ物の心配をしなくて済むようになったのが嬉しいだけに、複雑な気持ちだった。改めて自分自身を見つめ直した彼の顔に苦笑いが浮かぶ。
だらしないと言えば――。自身の股間へと視線を移すベロベルト。何度見ても抜群のインパクトだった。彼は一瞬で赤面してしまう。
「こんなの皆に見られたら笑い者もいいところだよ。なんだけど……」
彼は乾いた笑いを漏らす。
「もうオイラとあの子しか生き残っていないんだっけ……。だったら見られる心配なんかしなくていいや。ましてや恥ずかしいと思う必要もないワケで……」
そこで彼は大きく息を吐き出す。
「別に気にすることないんだ。どうせ誰もいないんだからね……」
「いるわよ、ここに!」
「へっ……?」
その声に驚いて上を向くベロベルト。視界いっぱいに飛び込んできたのは――上下逆さまになったジャローダの顔だった。
「……うわっ、うわわわっ!? きっ、君! いつからそこに!?」
とっさに股間を両手で隠すも手遅れだった。ジャローダの顔いっぱいに意地悪な笑みが浮かぶ。
「うふふっ、あなたが来るずっと前からよ! ここから全て見させてもらったわ!」
「みっ、見させてもらったって……ちょっと! いるなら一声かけてよ!」
大いに憤慨するベロベルト。彼女は挑発するかのように二股の舌を垂らしてみせる。
「あらあら、そんなの気付かない方が悪いのよ。この前に会った時もそうだったわね。私に為す術もなく頭をしゃぶられちゃったのは……どこの誰だったかしらん?」
「うっ……」
耳の痛い話だった。食うか食われるかの世界では一瞬の油断も許されないのである。彼は言葉に窮してしまう。
舐めるような眼差しでベロベルトの身体を眺めるジャローダ。目に留まったのが体の中心であることは言うまでもなかった。彼女は嘲笑を禁じ得ない。
「あーら、昼間からお盛んなこと! 可愛い子でもゲットしたのかしら?」
からかい半分で尋ねるジャローダ。彼の顔にブスッとした表情が浮かぶ。
「うるさいなぁ、まだだよ。……そう言う君はどうなのさ? 最後に君の浮いた話を聞いたの、もう随分と前になるんだけど?」
言われっぱなしでは終われなかった。彼は即座に反撃する。
「ふんっ、まだ探し中よ。好みの相手が現れないんだから仕方ないでしょ?」
キレ気味に返すジャローダ。今度は彼が笑う番だった。
「ほら、またそれだよ。君は理想が高すぎるのさ。そうこうしている間に年だけ取っちゃうのがオチだと思うけどねぇ?」
「ちっ、言ってくれるじゃないの。今に見ていなさい!」
あまり続けたくないトピックだった。股間から両手を離した彼は話を変えるべく口を開く。
「……で、こんな場所まで何の用だい? 何か目的があって来たんだよね?」
「えぇ、もちろん!」
ジャローダは大きく頷く。
「退屈で仕方ないから、お喋りでもと思ってね。お付き合い頂けるかしら?」
「なるほどね。それならお安い御用さ。でも、その前に……」
「その前に……?」
彼はジャローダの尻尾が巻き付いた木の枝を指差す。
「いつまでもそうしていないで降りてきたら? せめて楽な姿勢で話そうよ」
「あら、これでも十分に楽だけど? ……まぁいいわ! それならお言葉に甘えさせてもらおうかしら!」
これ以上に楽な姿勢は一つしかなかった。ニッと口角を吊り上げた彼女は、枝に巻き付けた尻尾を解いて重力に身を任せる。落下した先は――ベロベルトの巨大な腹の上だった。
「うわっ!? ちょ、ちょっと!? 何をして……!?」
数秒後には完全に巻き付かれてしまっていた。肩の上で鎌首をもたげた彼女はリラックスした表情を覗かせる。
「何って……あなたの言ったとおりにしたんじゃないの。文句ある?」
「べっ、別にないけど……一声かけてよ。びっくりするじゃないか」
「あら、ごめんあそばせ!」
ジャローダの胴体を両脇に挟んだ彼が不服そうに言うと、葉っぱの手を口に当てた彼女はペコリと頭を下げるのだった。
間近で姿を見て分かったのは彼女の復調だった。血色の良くなった顔、太さと弾力を取り戻した胴体、瑞々しく生い茂る尻尾の葉っぱ。心強い証拠の数々に彼は顔を綻ばせずにはいられない。
「すっかり元通りの体になったね。先週に会った時とは大違いだよ!」
「ふふっ! 元通りどころか前より随分と太っちゃったわ! あなたとレナードさんのせいでね! お陰で良い迷惑よ!」
ギュッと抱き締めた相手の胴体に頬を寄せるベロベルト。ジャローダはさも嬉しそうに返すのだった。
太ったといえば――今度は彼女が変化に気付く番だった。ジャローダはベロベルトの腹に深々とめり込んだ自身の胴体に視線を落とす。
「そう言うあなたは本当にだらしない体になったわねぇ。これじゃブヨブヨの水風船じゃないの!」
気心の知れた友達に笑われるのは中々に堪えた。恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にした彼はそっぽを向いてしまう。
「シャワーズ、ニンフィア、ブースター、サンダース、グレイシア、リーフィア……だったかしら? よくもまぁ、そんなにも一度に食べたものね。脂肪と贅肉の塊になるのも頷けるわ!」
「えっ!? どっ、どこでその話を……!?」
秘密にしていた筈なのに何故――。ベロベルトの頬を冷や汗が伝う。
「ふーん? もう一つ分かったわ。あなた……私には最後まで黙っておくつもりだったでしょ? 誘ってくれるのを楽しみに待っていたのに! よくも独り占めしてくれたわね……!」
数センチの距離まで顔を近づけてくるジャローダ。絶体絶命のピンチだった。ババロアのように柔らかな彼の贅肉がプルプルと小刻みに震え始める。
「えっと、あの、それは……その……!」
食われる――。体格的にありえない筈なのに本能が叫んでいた。氷のように冷たい深紅の瞳、チロチロと出入りを繰り返す二股に裂けた舌、そして下顎から覗く真っ白い二本の牙。鋭い眼光で射すくめられた彼は、用を足し終えたばかりにもかかわらず、小便を漏らしそうになってしまう。
ガバァッ!
と、大口を開けて襲いかかってくるかと思った次の瞬間だった。今までの表情が嘘だったかのような笑みがジャローダの顔いっぱいに湛えられる。
「ふふっ、冗談よ! 終わったことを今更どうこう言うつもりはないわ! レナードさんからも六匹はあなたに譲るよう言われていたしね!」
「なっ……なぁんだ、レナードさんから聞いていたのか。驚いて損したよ……」
とはいえ、隠していたのが事実である以上は謝らねばならなかった。ホッと大きく息を吐いた彼は重い口を開く。
「でも……ごめん。君も誘うべきだったんだ。もう二度と独り占めしないって誓うよ……」
食べ切れなくなったリーフィアをベロ袋に詰め込んだ時のことを思い出すベロベルト。彼は深く頭を垂れるのだった。
「ふふっ! まぁ、気にしなさんな! 本気で分けて欲しかったら昨日の出発前のあなたを捕まえているわよ! ボコボコにしてね!」
「は……はは……」
……本当に今度から秘密にするのは止めておこう。背筋に冷たいものを感じた彼は精一杯の作り笑いを浮かべるのだった。
「それに、私は私でレナードさんから美味しそうな子を紹介してもらっていたしね。そもそもあなたの獲物に手を出す必要がなかったの」
「えっ、そうだったんだ?」
やっぱりレナードさんは情報通だ。彼は改めて感心させられる。
「ちなみに、どんな子を紹介してもらったの?」
食に関することなら何でも知りたかった。彼は即座に質問する。
「見張りよ。例の丸太小屋の!」
「えっ、そんなのがいたの!?」
開いた口が塞がらなかった。ジャローダは笑顔で頷く。
「えぇ、いたわ! 可愛らしいフタチマル君が一匹だけね! あなたが無事に丸太小屋まで辿り着けたのは私のお陰なんだから感謝なさいよ?」
鼻を高くするジャローダ。ベロベルトは舌なめずりをする。
「おっ、いいなぁ! 割と筋肉質な感じで食べ応えありそうだよね、あの子! ……で、この太い胴体で締め落としてゴックンチョしたんだ?」
「えぇ! お尻から一口で呑み込んであげたわ! まだ若い子だったから締め落とすのは勘弁してあげたけどね!」
驚きの発言だった。ベロベルトはキョトンとした顔を向ける。
「へっ? それならどうやって動きを封じたのさ?」
「ふふっ、もう忘れたのかしら!? ベロベロ舐め回して痺れさせるのは……あなたの専売特許じゃなくってよ?」
ダラリと口から垂らした二股の舌を妖しく揺らしてみせるジャローダ。こうして見ると、意外と肉厚で幅もあることがよく分かる。
「あぁ、思い出した! ハブネークだ! 君、確か彼に教えてもらっていたんだっけ?」
ポンと手を打つベロベルト。彼女は嬉しそうにしてみせる。
「そう! せっかく教わったんだから使わないとね! したでなめる攻撃! ……ツルで両手両足を縛って宙ぶらりんにして、全身ベトベトになるまで舐め回してあげたの! 今まで半信半疑だったけど……本当にビリビリ痺れて動けなくなっちゃうのね、あれ! びっくりしちゃった!」
テンション高めに喋り倒すジャローダ。彼女のトークは更に続く。
「あんな楽しい技ったらないわ! 特に技をかけている時の相手の表情よ! あの情けなさそうな、恥ずかしそうな、気持ち悪そうな、くすぐったそうな……あぁ、何て表現したら良いのかしら!? まぁ、とにかくあの表情よ! 見ているだけで最高に興奮しちゃった! 面白かったわぁ!」
葉っぱの手を両頬に当てて、うっとりとした表情を覗かせるジャローダ。心の底から同意できた。腕組みをした彼は何度も頷いてみせる。
「あー、わかるなぁ、それ! ゾクゾクしちゃうよね、あの表情! ついでに言うと、オイラは臭そうな表情も大好きだなぁ。それ見たさに顔なんか思い切り舐め回しちゃったりして! ……体の汚れを舐め取るのにも使っているから、割と臭いらしいんだよね、オイラのベロ。そんなに臭いかなぁ?」
ニュッと伸ばしたベロを自身の鼻先まで持って行ってクンクンやり始めるベロベルト。両手で口元を覆った彼女は上体を仰け反らせる。
「もーっ、汚いわね! 食べられる子の身にもなりなさいよ! あなたの象徴でしょうが! それくらい綺麗にしておいたらどうなの!?」
「ははっ、そりゃ無理だよ。こんな暑い時期は特にね。どれだけ舐め取っても汗をかいちゃうんだ。いちいち綺麗にしていたんじゃ埒が明かないよ! そもそも歯がないから口の中を清潔にする習慣もないことだし! あははっ!」
ネバーッとした唾液で溢れ返る口を大きく開けて笑うベロベルト。いよいよジャローダは嫌悪感を露わにする。
「あなたに今まで食べられてきた子たちに同情するわ。臭かったでしょうに!」
顔を背けて嫌味たっぷりに言うも効果なしだった。彼は底抜けに明るい顔で笑い続ける。
「別に良いじゃない! 臭くたって! 臭いで怯んだ隙に頭から爪先までベロリンチョ、痺れて動けなくなったところをベロで絡め取ってゴックンチョさ! あははっ!」
麻痺と怯みの最強コンボだった。彼は誇らしげに胸を張る。
……この話題はもう止めにしましょう。口の中がしょっぱくなる症状に見舞われた彼女は次の話題を探し始める。
「あれ? それはそうと……食べた子は? どこも膨らんでいないよね、君のお腹?」
訝しげに尋ねるベロベルト。彼はジャローダの胴体をベタベタと触り始める。
よりにもよって下ネタを振られるとは……。大いに脱力してしまうも、彼女は努めて平静を装いながら口を開く。
「そりゃそうよ! さっき別れの儀式を済ませたばかりだもの! ……ほら、あそこ! 借りさせてもらったわ!」
ジャローダは果樹園の一角に設けられた真新しい土饅頭を顎でしゃくってみせる。
「ははーん、なるほど。別れの儀式……ね」
ジャローダと同じ方を向いたベロベルトは目を細くする。
「そのとおり! 臭い足になりたくなかったら踏みつけちゃダメよ?」
「ご丁寧にどうも! 気を付けさせてもらいます!」
冗談めかして言うジャローダ。そんな彼女にベロベルトは恭しく敬礼してみせるのだった。
「ほんと、馬鹿な子よ。何が悲しくて違法伐採者の用心棒なんて引き受けたのかしらね? 修行して強くなりたいんだったら、他にいくらでも道はあったでしょうに……」
じっと土饅頭を見つめた彼女は嘆くように呟く。
「あ……その話、君もレナードさんから聞いたんだ?」
途端にジャローダは目を吊り上げる。
「聞いたに決まっているでしょ!? 腸が煮えくり返るかと思ったわ! それもようやく少しスッキリしたところよ! あいつをウンコにし終わってね!」
かなり頭に血を上らせているらしい。ジャローダは乱暴な言葉でまくし立てる。
「ま……まぁまぁ! 落ち着いて! それに君は女の子なんだから、もっと上品な言葉を選ばなくちゃ! たとえば……黄金とか!」
そう言って両手のひらを見せた彼であったが、ジャローダはフンと鼻を鳴らすのみだった。彼女は更に続ける。
「落ち着いてなんかいられないわ! あなた……私たちが置かれている状況を理解しているの? これから私とあなたで永遠に森を守り抜いていかなきゃならないのよ!? 今回はレナードさんの助けもあって撃退できたけど……次からも上手くやっていける保証なんてどこにあるワケ!? 二匹しかいないのよ!? この広い森の中でたった二匹……! どうしろっていうのよ! ……あぁっ!」
最後は涙声だった。ベロベルトの胸に顔を埋めたジャローダの両目から大粒の涙がボロボロと溢れ始める。
退屈で仕方なかったんじゃない、不安で胸が押し潰されそうだったからオイラを訪ねて来たんだね。彼女の心中を察した彼は、腹周りの贅肉ごとジャローダを強く抱き締める。
「君の言うとおりだよ。保証はどこにもない。……でもね、希望はある。オイラには夢があるんだ」
短くも力強い言葉だった。涙に濡れた顔を上向けた彼女の瞳に光が戻る。
「ふふっ……そういえばそうだったわね! すっかり忘れていたわ! あなたが広げまくっていた大風呂敷……!」
ジャローダの目を見つめた彼は小さく首を縦に振る。
「そう! 思い出してくれたかい!? その夢だけど……これから実現に向けて動き出そうと思っているんだ。きっと多くの場面で君の力が必要になると思う。特に仲間集めの部分でね」
そこで一呼吸を置いた彼はプロポーズの言葉を口にする。
「改めてお願いするよ。オイラと一緒に……このブッ飛んだ夢を叶えてみないかい?」
一笑に付したのが昨日の出来事のようだった。彼女は葉っぱの手でベロベルトの拳を包み込む。
「叶えてみるに決まっているじゃないの! このホラ吹き男! 途中で諦めたら承知しないんだから!」
「やったぁ! ありがとう! 今日からよろしく!」
そのまま熱い抱擁を交わす二匹。直後に彼の目に映り込んできたのは、果樹園を覆い尽くさんばかりに生い茂った雑草と、オーダイルに蹴り倒されて枯れ果てた果樹の姿だった。
すべきことは目の前に積み上がっていた。彼はダラダラしたい気持ちをゴミ溜めに投げ捨てる。
「早速で悪いけど、今から草むしりと掃除をしようと思っているんだ。よかったら手伝ってもらえるかい?」
「もちろんよ! パパッとやって終わらせちゃいましょう!」
二つ返事で快諾して地面に降り立つジャローダ。雄の象徴も元の大きさに戻った後だった。今度こそ股の裂け目の中に収納した彼は、両足に力を込めて立ち上がる。
「よぉし、やるぞぉ!」
「えぇ! 亡くなった仲間達のためにも頑張りましょう!」
涙を拭い取り、傍らのベロベルトに続いて掛け声を上げるジャローダ。脳裏に浮かんだのは、親友の一匹だったハブネークの姿だった。
よく晴れた夏の空の下。二匹は大いなる夢への第一歩を踏み出すのだった。
24/08/11 07:40更新 / こまいぬ