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【保】それでも、いつかは……信じたい − 旧・小説投稿所A

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【保】それでも、いつかは……信じたい

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パチ、パチッ……ガラッ!


暖炉にくべられた薪が燃え尽きて火の粉をあげ崩れ落ちる。
けたたましい音が鳴り、暖炉の向こう側の壁際で呻き声があがった。

「うぅ……ぁ」

壁際には丁度良く暖炉の暖かさが伝わる場所にベットがあり、そこに人が寝かされいる。
先ほどの物音で眠りが浅くなったのだろう。
それからも何度か呻き声を上げ……旅人は目を開いた。

「………ぅん」

何事もなかったかのように燃え続ける暖炉の火を、旅人はぼんやりと見つめたまま動こうとしない。

目は覚めても、まだ旅人の意識は夢の中にいる。
瞬きを繰り返す、目には色彩が蘇り……モノトーンに覆われていた世界が色を帯びる。
眠っていた体が力を取り戻し旅人の体が震えるように動く。

最後に取り戻した記憶を伝って、旅人は自分が行き倒れたことを思い出した。

「俺は……あの時、一体どうして?」

戸惑うように疑問を誰となく投げかけるが、旅人の問いかけに返事は返ってこない。
言いようのない不安が旅人の胸に蟠る。

それを誤魔化すように旅人は横になったまま、僅かに頭を振り部屋の中を見渡した。

旅人が寝かされている部屋は、平均より多少手狭だが暖かみのある木造式で、
厚みのある太い丸太を組み合わせた、この地域ではほぼ共通の建築様式となっていた。
簡単に言うと夏は涼しく、冬は暖かい造りというわけである。

もっともこの地方では一年を通して寒く、前者の恩恵にあずかれることは無い。

その厳しい寒さを凌ぐため、あつらえられたレンガ造りの暖炉は中々に重宝する。
ひとたび火をともせば、暖かみのある木造と相まって、いっそう室内を暖かく保ってくれるのだ。
暖炉の傍にはたき付けの薪も用意されている。
恐らく暖炉の薪専用の倉庫か何かが家の傍に建てられていることだろう。

先に述べたようにさしてこの地域では珍しいわけでは無いのだが、
こうした造りが旅人には見慣れないようで、無言で暫く部屋の中を見渡していた。

「……ここは?」

ひとしきり室内を見渡し終えた旅人はポツリと呟く。
やはり問いかけに答える者はいない。

……はめ込み式の窓がガタガタと震え、ガラスがけたたましい音を立てている。
旅人が窓に目をやると、今も吹雪が吹き荒れているようで、遠目ながら雪が吹き荒れているのが伺えた。

「…………ちっ……見てるだけで寒くなってきたな」

体の芯まで凍てつかせる冷気は四肢の動きを瞬く間に凍らせる。
その寒さ、恐ろしさを身をもって体感した旅人は、今更ながら自分の無謀さを自覚し体を震わせた。
ベットの温もりはそれを若干和らげてくれる。


― ガチャッ ―


旅人が横になっているベットからは死角になっていた扉が開き、若い青年が部屋の中へ入ってきた。
扉の開く僅かな物音はしたが、震える旅人にそれは聞こえなかったようだ。

無言で青年はベットの傍に近寄り、自分から声をかけた。

「……目が覚めたようですね、良かった」

少し声は小さいが、口調がハッキリとして聞き取りやすい声は不意打ちとなって旅人を驚かせた。

「っっ! だ、誰だ!?」
「…………」

布団をはね除け、素早くベットから飛び降りると旅人は身構える。
軽く肘を曲げ左手の甲を前に腰を落とし、右手はその腰の後ろに伸ばす構えは旅人の体に染みこんだ動き。
伸ばした右手の先には彼の武器が有るはずなのだが……
手は空を切るばかりで、有るはずの武器は旅人の腰から消え失せていた。

分かりやすいほど旅人の表情に焦りが浮かぶ。
その様子を暫く見ていた青年は、静かに息を吐き出すとやんわりとした口調で話し始めた。

「そんな動きが出来るなら、体の調子も大丈夫そうですね」
「あっ……ああ」
「貴方の持っていた荷物は寝かせるのに邪魔になりましたから、勝手ながら取り外させて貰いました。
 隣の部屋に置いてありますので、後で確認してください」
「そ、そうか……それは良かった」

青年の口調に毒気を抜かれ、ペースを乱された旅人は逐一頷いてしまう。


(何なんだコイツは……?)


青年から感じる雰囲気に旅人は僅かに異様さを感じていた。
それが何かまでは分からない。

思わず棒立ちとなり、旅人が青年をジッと見つめたまま動かないでいると、

「……どうしました?」
「い、いやなんでもない、ちょっと疲れただけだ」

旅人は慌てて頭を振り誤魔化した。


(……勘だけで疑っていると知れたら、さすがにバツが悪い)


何とか誤魔化せると気疲れしたのか、
本当にどっと疲れが押し寄せたような気がして、旅人はベットに座り込む。

「見たところ異常は無さそうですが……」

つぶさに旅人の容態を目で確かめる青年、見たところやはり異常は見受けられなかった。
それでも念のためと青年は旅人に治療を申し出る。

それを旅人は了承することにした。


隠れた傷が無いかを調べるため、旅人の服が脱がされてゆく。

「……これは?」

服の下から顕わになったのは、幾重にも体に巻かれた包帯の数々。
それらは旅人に覚えがない物であった。

疑問に思い、顔を上げると青年が頷く。

「運が良かったですね、貴方は雪の中に埋もれて凍死しかけていたんですよ?」
「……すでに傷の手当てもしてくれていたんだな」
「はい、手遅れにならなくて良かった」

よほど切迫していた状況だったのだろう、青年の声には明らかな安堵が見える。

包帯が解かれると何かの薬が付けられているのか、当てられているガーゼからキツイ匂いが漂う。
それに若干眉を歪ませると、旅人は顔を背けた。

青年は匂いに涼しい顔をして緑色のドロドロとした軟膏をガーゼに塗り、
それを凍傷の傷跡に被せると、新しく包帯を巻き直していった。


治療の合間を縫い……旅人は小声で礼を言う

「すまない……助かった」
「いえ、本当に偶然見かけただけですから、それに見捨てる事なんて出来ませんよ」


会話はそこで途絶え、しばしの沈黙が部屋の中を支配した。
旅人にとっては少し暇な時間となる。


治療を受けながら青年の容姿に目をやり、ふと旅人は自分の目的を思い出す。

(そう言えば、コイツが山小屋の青年なのか……?)

一番目につくのは青年の身に纏う服……旅人の目が正しければスノードラゴンの毛皮である。
高価な品だが、この環境を考えれば誰が所持していても不思議ではない。
むしろ旅人も自然の厳しさを知った今、是非とも欲しい一品である。

服装以外の特徴というと、青年の髪がスノードラゴンの毛皮と似た白藍の色をしていた。
概ねそれ以外は前情報通りのようで、大人しい雰囲気を漂わせている。

途中で物欲に思考が変な方向に逸れたが、旅人は確信する。
まず間違いなくこの青年が彼の尋ね人に違いなかった。


そして、程なくして治療が終わると、

「助けて貰って何も礼が出来ないままなんだが、一つ頼み事を頼まれてくれないか?
 そのために俺は此処まで来た……まぁ、途中で行き倒れたんだが」

不躾であり、余りにも自分の言ったことが図々しくて、自分を誤魔化すために、
旅人は自分から苦笑いを浮かべなければならなかった。

しかし、青年は笑わず真剣に話を聞こうとする。

「……頼み事ですか、一体何を?」
「その前に俺の身分を立てておこう……これを見てくれ」
「これは……調査依頼書」

旅人が衣服の裏ポケットに隠し持っていたのは、変哲もないバッチと一枚の紙切れ。


バッチには通称『何でも屋』の異名を取るハンターであることを示す、
紋章が刻まれており、旅人の身分を証明していた。

それと紙切れの方には、雪山の調査を依頼した旨が書かれているようだ。
発行元は誰もがよく知るエンチェルティア国の、有名な調査機関から出されていた。

別名……『竜生態研究所』
あの竜研究の博士が所属している機関が此処である。


黙って書類に目を通している青年を眺めつつ、旅人は話を続けた。

「実は依頼を受けて、この雪山の生態系を調査することになってな
 その協力者を捜していたんだ」
「スノードラゴンについてですか……どうして?」
「ん? ……ああ、そう言う意味か」

青年の主語の無い問いかけにたいして、旅人はしばし返答に困ったが、直ぐに意味を察した。

「詳しいことは俺にも分からん。
 ただ、何年も前に書かれた論文が破棄されたのはそっちも知っているだろ?」
「……ええ、知っています」
「破棄された理由があれだから、再調査は打ち切られていたんだが、
 ボチボチ状況も落ち着いたから、ようやく再開された……そう言った事じゃないかと思う」

ようは単なるお役所仕事だと旅人は青年に語った。

今回の依頼で生態調査と銘打ったのは、竜だけに調査を絞ると批判が出るかも知れないと危惧して、
万が一の保険に身代わりを立てたのだろうと……
自分のような一介のハンターに調査を丸投げしたのが、その証拠だと旅人は言い切った。

「そうでしたか」
「ああ、それで協力を引き受けて貰えるか?」
「……少し待ってください」

目的を明かした旅人に青年は少し考え込む仕草を見せた。

青年の心情としては手伝ってやりたいと感じていた。
もし一人でいかせたら……その後に気に病む事になりそうだったからである。

しかし…………

旅人を見つめる青年の眼が細く変化した。
瞳孔まで細くなったように見える。

(まだ……他にも秘密がありそうですね)

この旅人に対して、青年は少し気がかりなところがあった。

旅人は自分を一介のハンターだとは言ったが、ベットから飛び起きたときの反応……
あれは一介のハンターが出来る動きではない。
青年の見立てが正しければ、中級クラスでも腕立つ方であろう。

ハンターと呼ばれるもの達に対する認識は、青年も一般人と大差がないが、
それでも分かるぐらいの違和感が旅人には見受けられた。

単なる杞憂に終わればそれに越したことはないのだが……それが青年を慎重にさせる。
それでも最終的に青年は旅人の頼みを快諾することにした。

「……ええ、構いませんよ。何時から始めます?」
「……助かる! 出来るなら……そう、明日からでも頼みたい」

その申し出に青年は首を横に振る。

「無茶ですね……せめて吹雪が止まないことには自殺行為です」
「確かにそうだが、一体いつまで吹雪が?」

その問いにしばし青年は考え込み……

「あと数日ほどですか?
 吹雪き出したら暫く止まないのがこの雪山の特徴なので」
「なっ! 数日も足止めになるのか!」

青年が答えた言葉に旅人は悲鳴をあげる。
彼は自分が受けた依頼達成のための日数があまりないことを告げる……が、
最後まで青年が頭を縦に振ることはなかった。

それからも調査を急ごうとする旅人の説得が暫く続き……

「……それに怪我もまだ治っていないのですから」
「ぐっ……仕方がない」

お互いの折り合いがつく傷が癒えてからとなり、やはり調査は数日後となった。


<2011/06/10 21:39 F>消しゴム
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