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【保】竜と絆の章4 火竜の印 − 旧・小説投稿所A

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【保】竜と絆の章4 火竜の印

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”ザァァァァァ”


「止みませんね……何時までふるのでしょうか?」

外は相変わらずの雨、激しい水音が何時までも響いている。
一向に止む気配がないこの雨を避けるため、鉛のように重く感じる身体を引きずりながら、
ライトは道中で見かけた洞窟へと身を寄せていた。
洞窟の内部は若干上り坂なのか、入り口から奥へと水が流れ込む事もなく。
奥は意外と広めの空間が広がっており、雨宿りには最適だった。

隠していたライトの荷物も雨が若干弱まる気配を見せたとき、外に赴いて回収済み。
現在は回収した荷物にあった、熱を発する特殊な鉱石を使用して、ライトは暖を取ろうと試みているのだが。


「くしゅんっ! さ、寒いです……」

さすがに携帯用のそれは、こちらで言うところの懐炉(カイロ)ぐらいしか熱を出さない。

しかも着ている衣服は火竜・フレイアの体液塗れだった上に、胃袋の内部で短い間だが胃液に触れていた。
どのような有様かは容易に察することが出来るだろう。

回収した荷物も悪いことに度重なる乱雑な扱いで、予備の衣服を入れておいたリュックには穴が開いており、
この大雨でずぶ濡れで、当分は着ることが出来そうになかった。
仕方がないので手持ちのロープを使い、簡易な干し物ロープとして着替えを乾かそうと奥の岩場に吊してある。


「うぅ……仕方がありませんね」

結局……ライトは渋々と、とっておきを出すしかなかった。
震えながら広間の中央に赴き、ライトは小さな赤い水晶のようなものを設置すると……それを踏みつぶした。




”パキッ!”


赤い水晶はいとも簡単に砕け、水晶の内部に内包された熱が広間を包む。
寒さが大幅に和らぎ、春のような暖かさだ。
これは炎水晶と呼ばれる鉱石で、実に希少……且つ高価だ。


「今回は大赤字ですよ……あはは……はぁ…………」

乾いた笑いが何故か哀愁を誘い、ライトはガックリと項垂れて広間の隅へと移動する。
そこにはライトが造った一時的な居住スペース……とは良く言ったもので、とても簡易的なものを設置してあった。

まず小さなテントを設置すると、その脇に荷物置き場と称してシーツを引き、
そこにずぶ濡れのカバンとリュックを、適当に転がしてあるといった感じになっていて、
近くには例の洗濯物が吊られていて水音を立てている。
その他にも水気を取るため荷物の中身が整理されて一緒に並べられていた。

テントの中には唯一無事だった毛布が一枚敷いてあり、ランプが仄かな暖かみのある光を放っており、
最低限の寝床の確保は出来ているようだ。


「……入りますよ?」

不思議とライトがテントの前で中に声をかける。
それから入り口を開き中の様子を覗き込むと、静かな寝息が彼の耳に届く。


『…………すぅ』
「まだ、眠っているようですね」

一人用であるため手狭なテントの内部を殆どを占有し、眠りについているのは一人の『竜人』だった。
実はライトが竜人を見るのはこれが初めてである。

背丈はライトよりもずっと大きく、竜の鱗のような肌は噂に聞いたとおりだった。
ただ、どういうわけか衣服を身につけておらず、サイズ的にライトのもので代用することも出来ないことから、
下に敷く筈の毛布を今は『彼女』に被せている。
彼ではなく、彼女だ……毛布を被せていても分かる胸の大きな膨らみがその証拠。


「…………////」

何を思い抱いたのやら、赤い鱗の肌に覆われた竜人の彼女を見ているライトが顔を赤く染めた。
しばらくそのままテントの入り口から、見つめ続け……
手当のため額に乗せていたタオルが、竜人の彼女の額からずり落ちているのに気が付く。

「まだ、眠っているようですね」
「……そ、そろそろタオルも変えてあげないと!」

自分を誤魔化すのに丁度良い言い訳を見つけて、ライトは狭いテントの中へ這うようにして潜り込んだ。
なるべく竜人には触れないようにしながら、彼女の枕元――雑魚寝で実際に枕は無いが――へ……
ずり落ちたタオルを取り、形を整えると元の位置へと戻す。


……することが無くなった。

何もすることがないと、落ち着かないのかライトはソワソワしながら、何度も竜人の彼女を見つめ始めた。
眠っている竜人の彼女を気遣うのなら、さっさと外に出るべきなのだろうが、
生憎とランプの御陰か、中は外よりも更に暖かい。
元々このテントは自分ものなのだから、少しは長居する権利はあるはずだとライトは心の中で主張する。

……本音を言えば、初めて見る竜人を観察していたいからなのと、
様子の経過を確認しておきたいからだった。

今は静かに眠っているようだが、一時期は意識を失っていて非常に危険な状態だったのである。
体温は氷を思わせるかのように冷え切っていて、呼吸も止まっていて、
今も彼女がこうして息をしていられるのは、念のためと常備していた高価な薬と、
ライトの的確でマメな看病の御陰だ。
……正直、ライトにはこの竜人にそこまでする義理も必要性もない。
倒れている者を助けるのは常識だと言いたいが、その者に一度食い殺されかけたとなると話は変わる。
普通ならそのような者を助けようとはしないだろう。

しかし、気が付けばライトは予備の濡れたタオルで、眠っている竜人の顔を拭いている。
目の前に横たわる竜人を、竜人に化身した火竜・フレイアを……


「……どうしてなんでしょう?」

それは何度も呟かれた疑問。
自分にも、目の前の彼女にも問いかける言葉だった。

最初にそれを呟いたのは、火竜の胃袋の中で……



          ※    ※    ※







”トクン……トクン”


変わらぬ音、規則正しく同じリズムを刻むそれに、ライトが気が付いたのはずいぶん後のことだった。
火竜の体内へと誘われ、たどり着いた胃袋という名の肉で出来た部屋。
息をするのも難しいほどの熱気、臭気に包まれ、本来ならこのまま溶かされてしまう筈なのに……


(まだ……僕はいきて…………?)

ライトは生きていた。
静かな胃袋に響く、火竜の鼓動に目覚めさせられて。


しかし、状況はそれほど良くはない。

動かずにいるとグニグニと蠢く柔らかな胃壁が、少しずつ収縮し身体に密着しようとするが、
少し力を入れるだけで、身体を起こし手足を伸ばすぐらいは楽に出来た。
だが、ここは胃袋の中なのだ。
食物を消化するための消化器官に、長時間いればやがて……ドロドロに溶かされてしまう。

現にライトが動こうとすると身体の至る所にひりつくような痛みが走った。
僅かながら胃液が胃壁から分泌されてきているのだろう。


「……ぁ……つぅ…………はは、どうしてなんでしょう?」

だからこそ、自分がまだ溶かされていないことが不思議だった。
すぐに火竜の強力な胃液で消化されてしまうと思っていたのに、どういうわけかそうはなっていない。

ライトの呟きはそんな疑問からだ。




”ジュル……二チュ…………グジュ、グジュ”


不意に蠢いた胃壁に引きずられ、ライトはひっくり返る。
ヌメヌメの体液に覆われた胃壁には掴むところもなく、蠢く胃壁に揉まれ揺すられて、
胃袋の底で大量の体液を浴びることになった。

そこへ急激に胃壁が収縮し、ライトは押さえつけられるように胃袋の底へ沈んでいく。


「ふわ……うっ……ケホッケホッ」

そこから何とか身体を捻って、体液の水たまりからは顔を出しライトは激しく噎せ返った。


「一体……何が、ふわぁぁあ?!」

胃袋の異変を知らしめるのは、それだけではなかった。
急激な温度の上昇、胃壁、体液の温度が急激に上昇しただけに留まらず、
内部に規則正しく響いていた心音が、早鐘を打つように早くなり喧しく響いてくる。

何かが起こっているのは間違いない。

ライトは知る由もないが、この異変は激しい雨が降り出したのとタイミングが合致する。
ただでさえ熱気による地獄のような場所が、さらなる地獄へと変わった瞬間。
その事に気が付く暇がないほど、ライトは凄まじいまでの胃袋の蠕動に巻き込まれていくのだった。


「ちょっ……あぐっ……ふひゃぁああ、止まってくださいぃーー!!」

その最初の洗礼がついにライトに襲い掛かる。

瞬く間にライトの悲鳴が、火竜の胃袋の中で響き渡り、
激しい蠕動がそれをかき消すほどの生々しい音を立て始めた。




”グジャッ! グジュル……ゴボゴボッ!”


柔らかく柔軟に動くため、火竜の胃袋は次々と形を変え、中身を執拗に揉み潰すかのように蠢いていく。
擦り合わさる度に体液が飛沫を上げ、泡立ち音を立てる。
その中にライトの悲鳴が混じっているが、分厚い胃壁がそれを外へと漏らすことはない。


「んふぁっ……ぶっ!!」

それならばと手を突き出したライトだが、押し返すどころか胃壁に両手が埋まる。
予想外の事態に驚きの声をあげようとした途端に、蠢く胃壁がライトの顔を完全に覆い尽くした。
口の中にまで胃壁が入り込み、体液が流れ込んでくる。
喉を通り、胃の中へと落ちる熱湯のような体液に、ライトは更に悶え苦しむのだった。


これが本来の火竜の胃袋、獲物を蹂躙し、
完全に栄養と変えてしまうまでこの動きは続く……

時間が経つにつれ、胃壁の温度はますます上昇し、泡立つ体液が熱によってより粘りけのある液体へと変化を始めた。
それによって内部で響き渡る音はより生々しくなり、そして、獲物を絡め取っていく。
それらの強烈な責めによって、ライトにも変化が現れる。

熱に脳が麻痺を始めたのか、苦痛に歪んでいた表情がトロンとした惚けた感じになってきたのだ。


「あは……やめ……はひゅぅぅ……///」

喘ぐ声もどことなく気持ちよさそうであり、さらに激しく悶える度に手足から、
粘度の強くなった体液が強く糸を引く様子は、さながら蜘蛛の巣に捕まった虫といったところか。




”ジュル……ジュルルゥ”


真っ暗な胃袋の中では、判別することは不可能だが、明らかに色の違う液体が混じり始めた。
ついに胃液が分泌され始めたのである。

それに触れたライトの肌を焼いた。


「あはぅっ! くぅっ………はぁっ……あっ」

さすがにそれには痛みを感じたのか、ライトが大きく仰け反り身悶える。
そうやって動けば動くほど胃壁から分泌される胃液の量が増え、このままではライトは自らの手で消化を早め、
遠からず栄養として消化されてしまうだろう。


しかし、そうはならないのを私達は知っている。




”グジャァアア!”


「はぶぅぅ!!」

突如強い衝撃が胃袋を襲った。
まるで外から押しつぶされたような圧迫感で、ライトは胃壁に包み込まれる。

狭い隙間に胃液が流れ込み、逃げ場もなくライトにまとわりつくが、
それらが彼を消化してしまう前に、次の異変が起こる。




”ググッ……グジュッ……ジュルルルゥ!!”


「はぁ……はぁ、次は一体……ふわぁっ!」


次々と襲い掛かる異変に、ライトは息絶え絶えになりながら肌を焼く痛みに耐えていた。
そんな彼にさらなる追い打ちが襲い掛かる。

胃壁が激しい痙攣を起こして、無秩序に蠢きだしたのだ。
今までとは比べものにならないほど強い蠕動が、ライトを襲いかかり彼を拘束する。
そこからは彼にも何が起こったのか分からず、
上下も分からないほど、揉みくちゃにされ気が付いたときには、とても狭い洞窟に押し込まれていた。

覚えのある身動きできないほどの狭い肉の洞窟を、流れに逆らって逆流する感覚。


そして、急に視界が開けた。




”グバァッ! ドチャリッ!”


光の中へと吐き出され、ライトは水たまりの中に転がり落ちる。
今まで灼熱の中にいた身体には、とても冷たい水が染み渡り薄れかけた意識を回復させてくれた。

仰向けのまま、ライトは空を見上げる。


「はぁ……はぁ……(……冷たい……雨が降ってますね)」

荒い息を吐き出す、自分の呼吸だけが耳に響いていたが、
直ぐに身体を打つ冷たい水滴に気が付いた。

空から降り注ぐ冷たい雨に打たれながら、ライトは少し身体を動してみる。
強烈な責め苦のせいで、疲労が溜まり動くのも億劫だが身体はしっかりと反応してくれた。
次ぎに気になるのは、胃袋にいた事による怪我の度合いだが、
胃液に触れていたにもかかわらず、思ったより軽傷で済んでおり、火傷をしたように少し肌が赤く腫れた程度だ。


(さすがに……少し寒い、凍えそう……です)

冷たい雨は、容赦なく身体の体温を奪っていく。
体力は回復しきってはいないが、ライトは一度俯けになると手を突き、ゆっくりと立ち上がる。


「…………うっ」

すると少しだけ身体が痛んだ。
それにライトは顔をしかめるが、動けないほどではない。

それよりもここがどこなのかライトは知りたかった。
火竜の体内にいて、時間の経過がまるで分からず今自分がどこにいるかも分からないのだから、
現在地を知るのは重要なことだ。

ライトは周囲を見渡し、彼女と目が合う。


自分のすぐ傍に横たわる火竜・フレイアの瞳とまともに視界が重なり、反射的に体が動いた。
思いっきり腰が引けて後ずさる身体。

それと同時に再び疑問が浮かび、それが言葉として出る。


「ふあぁっ……ど、どうして?!」
『お願い……たす…………』

横たわる火竜の口から出たのは、問の答えではなかった。
こちらを獲物としか映していなかった赤い瞳には、縋るようでいて諦めのようなものが浮かんでいる。


「えっ?」

助けを求められたライトは、呆然と座り込んだまま火竜・フレイアを見つめた。

彼女はそれ以上話し掛けてこようとはせず、じっと蹲ったまま動かない。
浅く細かな呼吸を響かせつづけ、やがて目を閉じてしまう。
ライトの目にも火竜から生気が抜け落ち、命が尽きようとしているのが分かった。


「…………もう、わけが分からないですよ!」

本当に分からないことだらけ。

何故、火竜は自分を消化してしまわなかったのか。
何故、火竜は自分を外に吐きだしたのか。
何故、火竜がこんなに弱っているのか。
何故、火竜が助けを求めてきて、それを自分が助けなければならないのか。



どうして?

どうして?

どうして?



……どうして?

無数のその言葉がライトの中に渦巻く。


「…………っ!」

迷いを抱きながら、ライトは立ち上がった。
横たわる火竜・フレイアに近寄り、目を閉じた顔にそっと触れた。


「もう……分かりましたよ、助けますよ」

分からないからこそ、助けようとライトは思った。
どうしてそのような考えに至ってしまったのか、のちの彼でもよく分からないそうだが、
とにかく助けよう……そう思って彼は行動を開始する。

だが、それを成すには大きな問題が、彼の知識と力ではどうしようも無いモノがある。


「しかし、どうすればフレイアさんを助けることが出来るのでしょう?
 ああっ……それにどう運べば……」
『…………ひ……火をちょう……だい』
「火ですか?! 火があればいいんですね?!」

頭を抱え思案するライトの声に、火竜・フレイアが譫言のように『火』と呟いた。
それが彼女の最後の力だったのか、ライトが何度か聞き返しても答えは返ってこなかった。

……変わりに、火竜・フレイアの身体から光が溢れる。
それは命の危機の際に、竜が持つ防衛反応が起こす現象であり、劇的な変化への始まりだった。

魔力を無駄に浪費する身体から、消耗の少ない身体へ。
もっとも無駄な巨体は変化の最初で、真っ先に切り捨てられる。
肉体の体積が急激に減少を始め、緩やかに手足までもが短く小さくなっていった。
更に形状まで大きな変化が現れる。
獣の手足や体付きが、まるで異形の存在へと変化を始めたのだ。


「ふわぁ、これは……」

竜の巨体が骨格からして違う、まるで別物へと変化していく光景は、そうそう見れるものではない。
探検家としての好奇心から、ライトは夢中でその過程を見守ってしまう。

光が消えたとき、変化は終わっていた。
竜の姿から人へと……フレイアは竜人へと姿を転じて、今も力無く横たわっているが、
これでライトでも運ぶのは決して不可能ではなくなる。

問題だった二つは、フレイア当人によって解決方を示され、
この期に及んで躊躇するライトではない。


「……と、驚いている場合じゃないですね。早くしないと!」

我に返るなりライトは直ぐに横たわる竜人・フレイアの身体の下に潜り込み、
リュックを背負う要領で彼女を背負い上げるとした。
重量のある荷物を背負って旅をするライトは、こういう時の力の出し方を心得ている筈なのだが、、
予想以上の重量に悲鳴をあげてしまう。


「ふわぁぁぁあ! フレイアさん……重たすぎですっ!」

返事のない相手に文句を言いながらも、ライトは歩き始めた。

行く当ては、ここから歩いて数時間の所にある洞窟。
火竜・フレイアとの鬼ごっこの際、最終的にそこへと逃げ込むつもりだったのだが、
まさかこういう状況になるとは夢にも思わなかった。

問題はそこまで自分の体力が持つのか。
そして、フレイアが持ちこたえられるのかだが……


「はぁ……はぁ、頑張ってくださいね」

今はその事を気にかけている暇はない、それよりも前へ……
雨の降りしきる中、ライトは歩き続けた。



          ※    ※    ※



その後、全てが落ち着きを取り戻したのはすでに半日が過ぎていた。
奇跡的に洞窟の中へとたどり着き、フレイアが息を吹き返すまで、どれほどの苦労があったのか。

それでも疲労の度合いが色濃く浮かぶ顔で、ライトは笑う。


「ははは、我ながら馬鹿だとは思うんですけどね……本当にどうしてなんでしょう?」

本当に色々と分からないことだらけだ。
でも、一番分からないのは自分の心なのかも知れないとライトは思う。

果たしてフレイアが目を覚ましたとき、一体彼女はどのような反応をするのかも、
その時に自分はどうするべきなのかよく分かりもしないのに、どうして助けてしまったのか……
やっぱり分からない。
考えれば考えるほど……やはり自分は馬鹿なのだと確信が深まるばかりだ。

結局その程度の結論しか出なかったが、何となくライトは気が抜けた。
するとやはり疲れているのか、眠気が彼を襲う。


「ふわぁぁ……少し眠くなって……来ました」

眠気を堪えるようにライトは何度か目を擦るが、一度気が抜けてしまうと眠気は強まるばかりで、
しだいに頭が不安定に上下に揺れ始める。
頻繁に瞬きを始めた眉が、そのまま完全に……閉じた。

そのまま、前のめりにライトが崩れ落ち……




”ドサッ”


横たわっていた竜人・フレイアの胸元へと倒れ込んだのである。
その瞬間僅かに彼女の腕が動く、眠っていたと思われた彼女の目がゆっくりと開いていき、
ライトを見つめると……


『本当に坊やって、無防備ね……』

可愛らしい寝顔に手を添え、そう呟いたのだった。



          ※    ※    ※



冷たい暗闇の中に響く、水の音……それから逃げようと彼女は走り回っていた。
しかし、何処まで行っても水音は追い掛けてくる。


『水は……水はいやなの! あっ!』

悲鳴をあげて逃げ回る内に、フレイアは何処かで足を踏み外し落ちた。
水飛沫を上げ大量の水の中へ……
泳ぐことも叶わず、彼女は水のそこへと沈んでいき……暗転。

そして、再び水音から逃げ回るループが繰り返される。

まさに悪夢だった。
夢であるがため、彼女自身が目覚めない限り終わりがない。


『もう水はいや……誰か、助けて……』

何度その悪夢が繰り返されたか、どこに行っても水が彼女の元に付きまとう。
竜としてのプライドも誇りも消え失せて、必死に助けを求める。
さらけ出された彼女の本音。

夢の中の彼女は必死に助けを求めていたのだ。
そこへ声が響いてくる。


「もう……分かりましたよ、助けますよ」
『だれ?! 誰でもいいから助けて!』

聞き覚えのある声だが、半ば錯乱しているフレイアには声の主が分からない。
それよりも悪夢の中にいた彼女に、差しのばされた救いの手。

その声の主にフレイアは躊躇無くしがみつこうと叫んだ。


「しかし、どうすればフレイアさんを助けることが出来るのでしょう?
 ああっ……それにどう運べば……」
『それなら………………ひ……火をちょう……だい!』

自分にもっとも足りないもの、それは火の魔力。僅かばかりの小さな火にもそれは存在する。
それが身体に満ちれば、竜は並大抵のことで死ぬことはない。
がむしゃらにフレイアは求めるものを誰かに懇願し、最後の魔力を身体から解き放った。

他者には晒すまいと思っていた脆弱な身体、竜人へと躊躇無く変化し、


『運べないなら、これで良いでしょう?! だから、早く助けて……』

力を使い果たしたフレイアは、夢の中で力尽き……更に深い闇へと沈んでいく。
沈みながら、千切れるかと思うほど一杯に手を伸ばし……

その手を誰かが掴んでくれた気がした。



そして……


『……………あっ』

気が付くと彼女は何処かに寝かされていた。
衰弱が激しい肉体は、まるで動かすことは出来ないが生きている。


『……どうして? 私は……』

死んだと思っていた。雨に全ての魔力を命の源を奪われて、本当に死んでしまったのだと。
あの地獄のような悪夢は、フレイアにそう思わせるほどの恐怖を抱かせていた。

だが、現実はどうだ?

フレイアは己の身体の中に、僅かながら火の魔力が満ちてきているのが分かる。
まだ少なすぎて、動く力も出せないが……
自分の周囲に多くの火の魔力の気配が感じられた。

その中で最も近くに感じる力の出元へ、彼女が何とか顔を向けると。


『……ランプ?』

まず目に入ったのは仄かな暖かみのある小さな炎。
幻想的に揺れる炎を見つめていると、何かが額からずり落ちてそれを覆い隠した。


『……んっ……?(なに……冷たい……みず……水……水!)』

ヒンヤリと顔を冷やすその正体は濡れタオル。
例え微量でも、肌に感じる水の感触にフレイアは嫌悪感をあらわにして、
首を振りそれをどかそうとする。

そんな些細な努力の甲斐あって、濡れタオルは顔から滑り落ちていった。


『ふぅ、忌々しいわね』

実に嫌そうな視線を、フレイアが枕元に落ちたタオルに向けている。


「……入りますよ?」
『……っ』

こんなに近くまで来るまで気が付かなかった自分を叱咤しながら、
フレイアは素早く目を閉じ、寝たふりに徹する。

聞こえてきた声には覚えがあった。夢の中でも何度も聞いた声……今なら分かった。


「まだ、眠っているようですね」
(坊や……私は……この子に助けれたの?)
「……そ、そろそろタオルも変えてあげないと!」
(えっ……いや、要らないわよ!!)

この場は気づかれない方がいい、そう思って寝たふりを続けていたのだが、
先ほど聞こえた声は聞き流すことが出来ない。
いっそのこと目覚めていることをばらしたい欲求にかられながら、どうしてかそれが出来ず……


(……ぁぅ)

再び乗せられたヒンヤリとした濡れタオルの感触に、おぞましい感覚が全身に走り抜ける。
フレイアは表情を動かさずに、それを耐えた自分を褒めたい気分だった。

だが、さらなる困難が彼女を襲う。
ライトが別の濡れタオルを使い、フレイアの顔を拭き始めたからだ。
湿り気を帯びる肌に、フレイアは再度心の中で悲鳴をあげる。


(だから、やめてぇ……!!)

その声が届いたのかどうかは分からないが、しばらくすると顔を拭く手の動きが止み。


「……どうしてなんでしょう?」
(……何がよ?)

その呟きが、まるで自分に向けられているような気がして、フレイアは思わず聞き返した。
同時に寝たふりが気が付かれているのかと、内心身構える。

……が、直ぐにそれは間違いだと気が付かされた。


「ははは、我ながら馬鹿だとは思うんですけどね……本当にどうしてなんでしょう?」
(……独り言? 妙ね、私に聞いているように思えたのに……)

それはあながち間違ってはいなかった。
だが、今のライトの呟きでは、その意味を全て読み取ることは出来はしないだろう。
そもそも彼自身が、その問いの意味がよく分かっていないのだから……


「ふわぁぁ……少し眠くなって……来ました」




”ドサッ”


しばらく無言が続き、やがてライトの欠伸が耳にはいるとフレイアは胸元に衝撃を感じた。


(……んっ…………身体が動く?)

僅かな衝撃に身体が動いたような気がして、フレイアは自分の腕を動かしてみた。
すると腕が思うとおりに動く。
まだまだ反応は鈍い気がしたが、力が通い始める実感があった。

もう動ける。その確信が出来て、フレイアは目を開く。
丁度目の前に、だらしなく眠りこけている、可愛らしい顔が目に入ってきた。


『本当に坊やって、無防備ね……』

思わずそう呟いてしまいながら、フレイアはその寝顔に誘われるかのように頬に手を添えた。
間近に匂いを嗅いで喉が、お腹が音を鳴らす。

……食べたい。

弱り切った身体が、足りない分の魔力の変わりを欲している。
今食べたところで竜の姿を取り戻すには足らない。それでも食べたいと本能がそれを求めた。
本能が彼女に鋭い牙の生えた口を開かせ、顔を近づかせていく。

あともう少しで、フレイアの口がライトの寝顔に食らいつく寸前……


『……気分じゃないわ』

今まで本能に従って生きていた彼女が、それに逆らった。
目の前に眠りこけている無防備な獲物を見逃して、食欲で高ぶる気持ちを別なものに転嫁させるため、
フレイアは無防備な獲物の唇を奪う。

舌も吐息も他の生き物よりも遙かに暖かなそれが、ライトの中に流れ込んだ。


『……んっ』
「…………っ!!!」

それは即座にライトの目を覚まさせたが、何が起こっているのかは分かっていないようだ。
ただ、目を開きそこに目を閉じたフレイアの顔が見えた……それだけである。

そこをフレイアの両手に抱えられるようにして、頭を捉えられる。
反射的にライトは逃げようと頭を引くが、弱っているとは言え竜の力には逃れられない。
そのまま引き寄せられ……

唇はより密着。


「…………ふ……ぅっ!!」

わけも分からぬうちに起きた初めての出来事に、ライトは本当に何も出来ず、
重なる二人の口づけは、凡そ五分ほど続くこととなった。



          ※    ※    ※



(……なっ……僕は一体なにを? フレイアさんが何で目の前に……ええ!!!)

キスをされている。ようやくその事に気が付いたライトの目に正気が戻った。
鈍いにも程があるが、瞬時に頬が灼熱し、勢いよく相手を突き飛ばす!


「…………っ!」
「キャッ!」
「……けほ! けほ!」

口が離れフレイアの舌が抜け出た瞬間、ライトは喉の中に凄まじい違和感を覚えた。
思わず咳き込み喉をさする。
彼女の舌は食道の中にまで入り込んでいたのだ。

竜族の舌は長いことで知られているが、彼女はその中でも特に長いようである。
一方突き唾されたフレイアは、痛そうに体を捩っていた。


「もう、突き飛ばすなんて乱暴ね」
「はぁっ……はぁ……な、なななななななにをするんですか!!!!!」

ようやく落ち着いたかと思えば、口から垂れた暖かい唾液を拭い、
ライトは凄い剣幕で相手に詰め寄り捲し立てるが、体は何かに襲われたかのように腰が引けているのが彼らしい。


『……食べるよりはいいでしょう?』
「へっ?」

そんな彼にフレイアは即座に見事な切り返しをしてのけた。
その切り返し方が、また彼女らしく捕食者を連想させる笑みを浮かべ、逆にライトに詰め寄る。
するとライトは逃げようとするが、狭いテントの中だ逃げ場はない。

巧みに獲物を追いつめて、フレイアはこう呟いた。


『ふふふ、そっちの方がいいのなら、私も構わないんだけど……』

目は据わっており、半開きになった口からは牙と舌が覗く。
フレイアの真意は恐らく違うのであろうが、ライトには彼女が本気に見えた。


「……ごくっ……や、止めて……下さい」

息を呑み、辛うじてそれだけを口にするのがやっとだ。


『なら、文句言わないの。今は食べないから安心しなさい……』
「い、今は……?」
『そう……今はね……』
(それって、今度会ったら喰うつもりなんですね! やっぱり、助けなければ良かった……)

その異様な迫力は、フレイアの言葉に真実みを持たせ、ライトは卒倒しそうになる。
彼女を助けたことを、今更のように後悔しているようだが、


『……ありがとう、貴方のおかげで命拾いしたわ』
「な……な、何ですか突然?」
『まったく、坊やは本当に鈍感ね、こう見えても感謝してるのよ?』

それまでの表情を一変させると、フレイアは優しげな笑みを浮かべた。
今まで彼女ともっとも親しかった竜族しか、彼女の心からの笑顔を見た者はいない。

だから人ではライトが最初だ。
問答無用で餌と見なされる人では決して見れない笑み。
それにライトは言葉を失った。
頬が赤く染まり、その笑みに見取れてしまう。


『だめよ、私の前でそんなに隙だらけになったら……今すぐ食べたくなるじゃない』
「ふぇっ! あわわっ!!」

自分に見取れる相手の姿に、フレイアは小さな笑い声を響かせると惚けた相手の鼻を舐める。
ちょっとした悪戯のつもりだったのだが、相手にはそうではなかったようで、
フレイアが呆気にとられるほど、ライトは過剰な反応をして見せた。




”ガシャン!  バサァッ!”


『きゃっ、何やってるのよ!』
「しょ、しょうがないでしょう、ビックリしたんですから!」

下がれるスペースがないのに思いっきり後ずさった結果、見事にテントの骨組みを壊したのである。
崩れたテントの天幕が二人の上から覆い被さり、仲良く悲鳴をあげた。
もみ合うように二人が蠢く様が、天幕の動き具合でよく分かる。

かなり苦戦をしているようだが、先にそこから這い出たのはフレイアだ。
後に続いてライトも這い出してくる。


『たく……ふぅ、驚いたわ』
「驚いたのは僕の方ですよ、テントも壊れちゃいましたし……って、燃えてます! 燃えてますよ!」
『そう言えば、ランプがあったわよね……』

煙を上げ始めたテントにライトが、悲鳴をあげて大騒ぎ。

まぁ、崩れたテントの中で、二人ともあれだけ暴れたのだから、ランプの一つや二つ蹴倒すだろう。
本格的に炎が燃え上がるまでに、何とか鎮火させようと奮闘する様を他人事のように見つめ、
淡々とフレイアはそう呟き、心の中でそんな事を思っていた。

……と、そんな彼女にいきなりバケツが突き出される。


「フレイアさんも、そんなところで見てないで消すのを手伝ってください!」
『えっ? ちょ、ちょっと何させるつもりよ!』
「水を汲んできてください、今なら何とかなりますから!」
『何で私がそんなこと……ねぇ、聞いてるの?!』
「頼みましたよ! ああっ、火が出て……フレイアさん早くお願いします!!」

働かざる者食うべからずと言うべきか、なし崩し……と言うより、ライトの迫力に押され、
何時の間にやらフレイアは水くみを押し付けられてしまった。
よく見ればライトも同じようなバケツを手に持っている。

どうやら二人でバケツリレーで炎を消すつもりらしいが、水が嫌いなフレイアには受け入れられない提案だ。


『な、なんで私が水くみをしなくちゃいけないのよ!』
「いいから早くお願いしますよ!」
『もう、わかったわよ!』

釈然としないままで、フレイアは受け取ったバケツを放り投げる。
この一時を争う状況で明確な拒否を示した彼女に、ライトが非難の声をあげようとするが、
フレイアは先に声を荒げて、それを封じ込めた。


『坊やも炎が消えれば文句はないでしょう?!』
「えっ……そ、そうですが?」

相手の了承がとれたことで、フレイアは火の手の上がったテントに手を掲げ、早口で何かを呟き始めた。
呟かれる言葉は、それ自体に意味はない。

―― 炎よ……その源である火の魔力よ、私に隷属せよ ――

だが、高速で紡がれた言葉は呪となり、込められた魔力に従いこの世にあらざる現象を発動させる。
燃え上がり始めていた炎は、フレイアの魔力の奔流に絡め取られ不自然に揺らぎ、
次の瞬間には掲げた彼女の手へと吸い込まれ始めた。
炎もそれ自身が持つ火の魔力も、根こそぎ吸われ……食い尽くされると、炎は跡形もなく消え去る。

するとフレイアは手を下ろし、最後に一言だけ呟いた。


『……ご馳走様』

それと心の中で安堵する。力の落ちた状態……つまり竜人の姿だと、
身体能力だけでなく、扱える魔力の量、コントロールの精度も共に極端に落ちているからだ。
失敗すれば、反動が全て己に返ってくることから、
フレイアはこの姿で、あまり魔法を使いたくなかったのである。

そもそも水くみを押し付けられなければ、テントが燃え尽きるまで見守っていた可能性が濃厚だ。


「凄い……でも、そんなことが出来るなら最初からやってくださいよ!」
『消えたんだから、文句はないでしょう?』

ライトの意見もっともだが、事情を知らないからこそ言える言葉であろう。

しかし、彼女の言うとおりテントの炎は消えた。
もっとも、大穴の開いたあの様子では、新しく買い換える事にはなるだろうが、
そこまではフレイアも面倒は見れない。


『ともかく、これで坊やに助けて貰った借りは返したわよ』
「はぁ、それはいいのですが……っ」
『……どうしたのよ?』

突然後ろに向き直って、こちらを見ようとはしないライトに、フレイアは怪訝な表情を浮かべた。
この火事騒ぎで、すっかり失念していたのフレイアは何も着ていない。
フレイアは火竜であり、そもそも最初から裸。
例え竜人の姿を取っていても、服を着るという概念が薄かった。

だが、ライトの方はそうも行かない。
目のやりどころに困って、声をかけられても後ろを振り向けず硬直していた。

……だから、彼女の言葉に上の空で答えてしまう。


『……? まぁ、いいわ。坊や、私はそろそろここから出て行くわね』
「は、はい!」
『素っ気ないわね……じゃあ、またね』

声のする方、足音のする方を出来るだけ見ないように……
ライトはそれだけしか考えていなかった。

こちらを無視するような態度に、フレイアは軽く肩をすくめると、一人洞窟の外へと歩き出す。
洞窟の外へ出ると雨はすでに止んでいるようで、まだ空はどんよりと曇っているが、
この風の流れからすぐに綺麗な青空が覗くだろう。

彼女が留まる理由はすでに無いのだ。

しかし、すこし気になってフレイアが後ろを振り向くと、未だにこちらに
背を向けているライトの姿が目に入った。


『ふふふ、可愛い坊や……次ぎ会うときが楽しみよ』

その言葉を最後に残し、フレイアはこの場を立ち去り、
洞窟の奥に残されたライトには、その言葉は届くことはなかったのである。


<2011/06/15 23:04 F>消しゴム
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