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【保】淀みに潜みし者
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目が覚めるとそこには美しい湖が広がっていた。
遠目に人間達が舟の上で活気のあるかけ声と共に息を合わせ網を引き上げており、
網に包まれた水面ではキラキラと飛沫を上げ、銀色に輝く小魚たちがはね回っている。
遙か昔に見た姿と寸分変わらない。
もはや見ることは叶わないと、思っていた光景に目が惹き付けられる。
「……これはどうした事じゃ?」
「水蓮どうしたのボーッとして?」
「なっ?!」
声に振り向くとそこには青年がいた。
水蓮の傍らに立ち、ニッコリと穏やかな笑みを彼女に向けている。
「これは一体……うっ……妾もか」
「えっ?」
「いや……何でもないから、そなたは気にするな」
頭を振りながら水蓮は己の体を見つめる。
全長百メートルを超える彼女の体も、かつてと同じ頃まで小さく若返っていた。
こうして普通に頭を擡げているというのに、水蓮の頭は青年と殆ど変わらない位置にある。
(……意外と背が高いのう)
青年の横顔を眺めて水蓮は何となく思う。
こうして対等な背丈で眺めるのも新鮮なモノがあった。
……と、徐に振り向いた青年と目が会う。
「さっきから変だけど、本当にどうしたの?」
「……な、何でもないと言っておろう!!」
思わず顔を背けた水蓮の頭に青年の手が乗せられた。
重みに耐えられず僅かに俯いた水蓮を青年は優しく撫でていく。
「う、、くぅ……屈辱じゃ」
「ははは、水蓮は大げさだね」
「……むぅ」
果てには青年に笑われてしまい、もはやぐうの音も出なかった。
それと同時に気が付きもした。
頭を撫でる青年の手が気持ちよくない。
夢心地に心を誘う、あの暖かな手が暖かくないと……
(そうか………………これは妾の夢じゃな)
傍らにいた青年の姿は跡形もなく、甘美だった夢が終わる。
あり得ない、寂しさが生んだ幻想だと気が付いてしまったから。
今度こそ水蓮は目覚めた。
何時もと変わらない泥の中で、紫の双眸が鈍く輝いている。
澄んだ水のように泥の中を見通す瞳の力は、完全に消失し視界は暗闇に包まれていた。
恐ろしく体が重く感じている。
まるで泥がどこまでも重くなり体を押しつぶしているかのように。
もはや此処にかつての水神・水蓮はいない。
いるのは弱り果てた体の大きな大蛇が泥の中で蹲っているだけ。
「くくくっ……妾も落ちぶれたものじゃ……
何時消え去っても良いと覚悟は出来ていたはずじゃのに……」
己に嘲笑することを抑えきれない。
声に出せば、自分を傷つけてしまうと分かっているのに……
体だけではない、水蓮の心も少しずつ弱ってきているのだ。
だから、あんな夢を見る。
夢の中に逃避し、あり得ない世界に入り込んで束の間の幸せに浸るなどと。
だが、それでも……会いたかった。
「恐らくそなたは今日も来ぬのだろうな……?」
水面があるはずの方へと目を向けるが、やはり視界は暗闇に閉ざされ何も見えない。
いつもならこの時間に青年の足音が聞こえる頃だった。
あれから一週間が過ぎ、逃げ出した青年が沼を訪れることはついに無かった。
刻々と削れ行く水蓮に残された命の刻。
少しでもそれを先延ばしにしようと、水蓮は一切の身動きを止め、死の運命から懸命に抗った。
その全てが青年ともう一度会うという理由のため。
心の中で、望めないであろうと感じていても、水蓮は己が消滅する前に、
もう一度だけ、青年と言葉を交わしたかった。
そして、あの願いに答えて貰いたい。
小さな願いだった。
神が初めて抱いた願いが他者の名を知ること。
それさえ聞
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