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捕食旅館へようこそ 〜 ご主人様は肉の味 〜
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− ダメ、ゼッタイ −
から」
「……?」
青年はポケットに手を突っ込むと、半分が透明なカプセルを取り出し
た。中には薬の成分と思われる粒がぎっしりと詰められている。
「……もう一度訊くよ? 本当に、心からさっきの黒い竜のこと、好き
なのかい?」
「え、ええ……」
「ふぅん……じゃあ仕方ない、これあげる」
掌に載せたカプセルを、青年は惜しむ様子もなくレムリアに差し出し
た。当然のようにレムリアは拒否の意を示した。初対面で名前も名乗
ろうとしない相手から、得体も知れない薬など受け取れる訳がない。
…………はずだったのだが……
「へぇ〜、いいのかい? これさえあれば、彼の口から『好きだ』って
聞けるんだよ?」
「ま……まさか、惚れ薬とか言うんじゃないでしょうね」
「いやぁ、逆だよ。君が彼を惚れさせる薬。具体的に言うなら、強烈
なフェロモンで相手を惹きつける薬……かな」
「……!!」
レムリアは動揺を隠せず、一瞬そのカプセルに向けて手が伸びかけた。
青年の表情が、ニタッと獲物を見つけた邪鬼のように歪む。
「…………」
「どうだい? 告白される嬉しさがどんなものか、一度だけでも体験し
てみたくないかい?」
まるで舌先三寸のキャッチセールスのように、青年の言葉はレムリア
の心をグイグイと掴んで離さない。いや、青年ではない……彼が持つ
未曾有のカプセルに、レムリアは貪欲なほどに魅力を感じていた。
本来の彼女ならまず、こんな甘い話に飛びつくほど馬鹿ではない。し
かし今回に限ってはタイミングが悪すぎた。何しろもうすぐ告白の返
事が帰ってこようかというシーンで、この話を持ち掛けられたのだ。
「でも、そんなもの使ったら……」
「僕が見たことろ、君は悩みやストレスの海に溺れている。
いろいろと我慢してるんだろう? 好きなこと、やりたいことを理性で
押さえつけて、作り笑顔で何となく日々を紛らわせている」
これはキャッチセールスの常套手段だった。相手がどんな生活を送っ
ているかは知らなくとも、大抵の者に当てはまることを淡々と述べる。
その中に思い当たる節がひとつでもあれば、話し相手は自分の全てが
見透かされているような錯覚に陥るわけだ。
事実、レムリアには抜群の効き目だったようだ。彼女の脳裏に、様々
な場面においての自分の「我慢」が浮かび上がる。
ーーー30日に1回は人肉を喰らわなければならないという生理を、無
理をして45日に伸ばしたこと。
ーーー欲しいインテリアがあったにも関わらず、ロンギヌスからのお
年玉をリーグの予算にこっそり回したこと。
数えれればキリが無いほどの欲求不満の数々が、なおさらレムリアの
背中を強く押した。
「でも……こっちの世界に来たとき、マスターが言ってたわ。得体の
知れない薬には手を出したら駄目だ……って」
「大丈夫さ。毎日頑張っているんだから、ひとつぐらい、道具の力を
借りて解決するのもいいと思うよ」
「………………」
レムリアの心配をよそに、青年の誘惑ともいえる演説は続く。まるで
彼女を産まれる前から知っていたかのような口調と、弱味につけ込ん
だ労いの言葉。もはや青年は、レムリアがどんな生活を送っているの
かさえ、天賦の才で見抜いたようだった。
そしてーーー
「フフ……彼はきっと応えてくれるよ、君の気持ちにね」
「…………」
トドメとばかりに囁かれたその言葉に、レムリアのマスカット色の瞳
から理性が消える。初恋の魔力を呪いながら、彼女は禁断のカプセル
へと震える手を伸ばした。
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←<2012/04/06 18:27 ロンギヌス>
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