中の女性はいったいどんな風にされているのだろう。
俺は吐き出された粘液の塊、女性の服だったものを見つめているうちに
奇妙な感覚が心の底から湧き上がってくるのを感じた。
その衣服からは体液が空気に触れたときのひどい異臭が立ち上っていた。
それは自分を纏っている粘液の匂いとは明らかに違うものだった。

ふと上を見上げると、竜の顔がそこにはあった。
竜は、確かめるようにゆっくりと、俺の前に顔を寄せると

ぐばぁっ

その巨口を再び見せ付けた。
視界のほとんどが、ピンク色に覆われる。
その中央には柔らかそうな舌がぬめぬめと光っており、
圧倒的な奥行きをもった喉の奥へと繋がっている。

俺は、恍惚とした表情でまじまじと見ると、ごくりと喉を鳴らした。
あれ、おかしいな。なんだか、とっても、入っていきたい……
自分は何を言ってるのだろう。そこに入っていくということは、
食われてしまうという事。俺は正気か。
俺はぶんぶんと首を振ってその思いを振り切ろうとする。
だが、目の前に開かれた口の中から漂ってくる舌の匂いに、
やはりこみ上げてくる思いを抑えきれない。
生臭い匂い……さっきの催淫ブレスの甘い香りではない。
俺は一体どうしてしまったのだろうか。

竜は俺のそんなもの欲しそうな表情に満足気な表情を浮かべると、
ばくりと口を閉じた。生暖かい息が俺の全身に勢いよくかかる。

「さぁ、いい子だね。今日は先客がいるから、もうだめだよ?
 明日になったら、きっと腹の中の子もとろけるだろうから」

見透かしたような竜の言葉に、俺は戸惑った。
認めたくない。食われてしまうことを望むなんて。
でも、竜の言葉を聞くたびに、それを想像するたびに、俺のなかで何かがうずく。
さっきの台詞……腹の中で聞かされた獲物どんな気分なのだろうか。

「さ、今日はもうおやすみ。これでも着て」

俺はキツネにつままれたような顔で促されるままにそれを着た。
唾液は既にほとんど乾いていて、身体に白い跡を残している。
残ったものも、布の生地が心地よく吸い込んでいく。
ああ……。これは同じように竜に誘惑されて食われていった者の服なんだろう。
俺の服もきっと……そうやって。

竜の首が指し示した方向には干草の積んである場所があった。

「それともこっちがいい?」

竜が再び巨口をあける。中で眠れという事か?
……それは……
俺は意を決すると、理性を振り絞って答える。

「……誰が……そのようなこと!」

俺は竜を一瞥すると、干草の山に歩を進める。
本当はどっちだったのだろうか。俺の、望みは。
寝転ぶと、乾いた草の香りに包まれる。
疲れきっていた俺は心地よさにそのまま眠ってしまった。



どれぐらい時間がたったのだろうか。
竜のねぐらの入口から差し込む月明かりの中、
俺は自分の状況を頭の中で組み立てた。
ああ、そうだった。俺は、竜に……

竜はぐっすりと眠っているようだった。
腹を地面につけたまま身体を丸め、
想像通りの寝姿をしていた。

改めてみると、竜とは美しい生き物なのかもしれない。
その薄紅の皮膚は白い腹側の皮膚へ滑らかなグラデーションを描き、
長い身体はしなやかで、豊満な女性の身体を思わせる。
月明かりに照らされた皮膚が、鉱石のようにちらちらと光っていた。

俺は竜の頭にゆっくりと近づくと、思わずその鼻先に手をあてていた。
自分の身体よりもはるかに巨大な頭。人間など一口だろう。
俺は昨日食われていた人がいたことを思い出すと、腹の方に目をやった。
何事も無いように、身体全体が呼吸のたびに上下に動いている。

うう……俺は……
竜の口の中。そして、腹の中。
なぜそこに入って行きたいという欲求があるのだろうか。
逃げるなら今だ。俺なら確実に振り切れるだろう。
それでも自分をすっぽり覆う大きさの竜の頭を目の前にして、
食われてみたいという欲望が、俺の心を火のようにじわじわと、
しかし激しく焼き焦がしていた。

も、もう……ダメだ。
俺は我慢できずに、竜の唇に手をかけると指をその間に入れる。
重量物を持つときのようにそのまま力を入れると、
不思議なほど簡単に、その大きな顎が開いた。
隙間から竜の息が漏れてくる。熱くて、独特の匂い。
ゆっくりと力をこめると、だんだんとその口の中が露になった。

作ることができた隙間は俺ひとり、やっと入れるほど。
口からゆっくりと手を離すと、どうにかその状態で開いたまま止まってくれた。
睡眠時だからだろうか、昼よりもねっとりと濃い唾液の柱が
舌と上あごに何本も立っているのがそれでもわかった。

辛抱できない俺は、そのまま頭を中に入れる。
牙をくぐり、竜の口の内側へと入ると、そこは蒸し暑く、ひどい匂いの場所だった。
暗くてよくわからないが、鼻先が舌にくっついたのがわかる。
そう思うが早いか、べちょりと顔全体を柔らかな感触が包み込む。
頭の中でなにかが切れた。そのまま勢いよく顔を舌に押し付けると、
ずるずると身体の残りの部分も入れていく。腕、肩、胸……
身体の半分が口の中に入ったところで、竜がうなる声がした。

まずい、起きたのだろうか。こんな場面を見られたら恥辱に耐えかねる。
一瞬身体中を冷たい電気が走ったが、ゆっくりと竜の呼吸が続いていることを確かめると、
そのまま続けることにした。腰まで入ると、足が浮いた。

身体中をべっとりと柔らかい舌に押し付けると、
どうにか芋虫のように入り込んでいく。
竜の熱い体温が伝わってくる。すでに唾液が身体中糸を引いていた。
舌のすごく濃い匂い。舌の奥は割りとぶつぶつしていて、
それが頬をこすっていく感触が伝わってくる。
そうこうしているうちに身体全体が口の中に入ってしまう。
外の気温を遮断された、蒸し暑い空間。
俺は見も心も竜のものになってしまった。
竜の体温、匂い、体液が俺の全てを包み込んでいる。


ばくん

竜の口が突然閉じると、
口内が狭くなったことで強制的に全身を舌に押し付けられる。
ねっとりと張り付いた舌の感触に、俺は幸せをかみ締めていた。
もう、どうなってもいい。

 

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