残り時間も後数分、ボールはエルガのいるチームの外野が所有。自分もそうだが、相手側のメンバーも疲れ気味。 ここが正念場だ。 そして、外野が大きく振りかぶる。それを見た橙(ちぇん)はすかさずコート内側の端に逃げる。それと同時にボールが一直線にエルガの方へ向いて飛んでくる。エルガもまた、それを見逃すわけではなかった。 …バチンッ… 刻みの良い音とともに手の内にボールを納める。そしてすぐさま視線を橙の方へ向けると、ボールを手にした腕を大きく振りかぶる。目の前には少し遅れたタイミングで逃げる橙が。今に無い大チャンスだった。そして。勢いよくエルガの手からボールが放たれる―――。 …バコッ… 「に”ゃん…」 勢いよく橙にボールが当たる…はずだった。 だが、それは見事に彼女、橙の後頭部にヒットし、苦しそうな声を漏らして大の字になって倒れこんだ。 その場の空気が一瞬、いや、数秒間の間、静かになる。そしてその静寂を切るかのように、誰彼構わず倒れてしまった彼女の方へと駆け寄る。その中にボールをぶつけてしまった張本人の姿もあったのは言うまでもない。 何度も揺さぶったり声をかけては見るものの、顔からは鼻血が、頭には漫画のような星が回っている。本格的に気絶をしているようだ。 …数分後、「ボールをぶつけてしまったのは事故だが、ここは張本人のエルガが責任もって保健室に運んでやるように。他の奴は全員昼飯に行け」と言うノイス先生の指導により、他の生徒は全員お昼ご飯の用意に、エルガは橙(気絶中)を抱えかげて保健室に向かった。 校舎の一階は生徒が歩いていると、どことなく目立ってしまうと思われるかもしれない。さらに、男が女の子を抱えて歩いているのだったら、更に目立つだろう…。おっと、ちょっと話がずれてしまった…。 職員室の隣に一段と大きく見える(と言うより実際に大きい)校長室の扉がある。その隣が保健室となっている。病院でよく見かけるような取っ手付きの引き戸で、中央上側には丈夫で厚手なガラス窓、その下には、「先生在住」と書かれた札が提げられている。 「失礼します」 手が塞がっているので、ノックすることは出来ない。なので、扉を開ける前に声を掛けて知らせる他は無かった。橙を抱えたまま器用に、だがゆっくりと扉を開ける。 部屋の中は至って普通の病室内のような雰囲気で、長椅子にテーブル、資料やそれをまとめたファイルを並べてあるロッカー、雑誌や漫画本を置いている本棚に、保健室在住の先生御用達の事務机が見かけられる。皆が皆、口を揃えて「綺麗だ」と言われるくらい片付いていて、清潔感も良く感じられた。 「あらあら、どうしたの?」 と、入って少し遅れたときに、先生らしい声が聞こえてきて、その姿を現した。 大きさは、頭から尻尾の付け根までが大体8メートル位だろうか、滑々で弾力のある、透き通るような青色の肌を持ち、尻尾の先や頭には小さな鰭、背中には大きさに対しては若干小さめの薄い翼をもち、抱きつけばそのまま沈んでしまいそうな程柔らかで福与かなお腹を持っている、「水竜」と形容した方が分かりやすいだろうか。 室内に並べてあるベッドを囲むように配置された仕切の陰から、のそっと顔を出し、ゆっくりと室内に入ってきたエルガと抱えられた橙(気絶中)に近づいてくる。 「あ、リヴェーヌ先生。実は、体育の時間にボールぶつけてしまって、気絶させちゃって…」 リヴェーヌと呼ばれる水竜の先生の顔を見て、気まずそうな表情で今現在の状態を話すエルガ。やっぱり気絶させてしまった罪悪感からだろうか…。 直ぐにその状況を理解したリヴェーヌ先生。「とりあえず空いているベッドに寝かせておいて」と指導をされ、橙を抱えたエルガは直ぐに彼女をベッドに仰向けに寝かし、リヴェーヌ先生は洗面器に水を張り、濡らした小さなタオルを器用に絞ってから、彼女のおでこにそれを置いた。それから、顔や腕足についた埃や小さな傷などの面倒も見てくれ、しばらく安静にしておくように言われた。 何とか問題も収まり、テーブルに設置された長椅子に腰を掛け、ハァァ…と大きくため息をついたエルガ。その顔には、肉体的にも精神的にも疲れを感じさせるよな物に見えた。まぁ、朝からこんな事が続けばそうなってしまうのも分からないでもないだろうか。そんな顔は見せたくはないだろうかと思い、エルガはその顔を見られないように隠した。 が、その行為は見られていなくとも、先程のため息や態度を見ると、リヴェーヌ先生は直ぐにエルガの元へと近寄った。保健教師の勘のようなものだろうか、相手の言葉や態度を見ただけで、分かってしまう。 |