「わあ、綺麗」


 夜空いっぱいに散りばめられた星に、私は思わず声を出してしまいました。すかさず口を押さえます。肉食ポケモンに見つからないように、こうして草叢の中からこっそり空を見上げてるのですから。

 それにしても、綺麗な夜空です。白く瞬く星は殆ど隙間なく、さながら巨大な河の流れを形作っています。

 こうして星を眺めてみるのも随分と久し振りなので、全く飽きることはありません。一晩中眺めていても良いくらいなのですが……そういう訳にもいかないのが残念です。

 あまり遅くまで外に出ていると、凶暴な肉食ポケモンが彷徨いていて危険なのです。

 私の種族はロゼリアといい、ポケモンの中では最も小さな部類に含まれます。属性も草と毒であり、陸上で暮らすには若干不利なところがあります。当然、捕食の対象にもなりがちです。

 私の友達も、何匹か肉食ポケモンに襲われたこともありました。私の目の前で食べられてしまった子もいます。

 その子はルルという、私の親友とも呼べる存在でした。優しくて、可愛くて、笑顔が素敵で、私はそんな彼女のことが好きでした。遊ぶ時も、食べる木の実を探す時も、日向ぼっこする時も、いつだって一緒でした。

 そんなある日。遊びで帰りが遅くなって、暗い中、二人で家路に就いていました。その時、体の大きな凶暴肉食ポケモンに出会したのです。咄嗟に逃げようとしたのですが、彼女は不運にも捕まってしまったのです。

 そしてその怪物は、彼女の小さな体を持ち上げて、大口を開け、一口で――喉が膨らんだ後、腹が微かに動いたのを見て、命辛々逃げ帰ったのをはっきりと覚えています。

 その晩は泣き明かし、暫くは外に出ることもできませんでした。今でも、思い出す度に恐怖に体が震えてしまうくらいです。

 だから、本意ではないのですが、そろそろ住処へ帰らなければなりません。

 嫌なことを思い出してしまったためもあり、気分はすっかり萎んでしまいました。人知れず小さな溜息を吐きます。

 その時でした。


「ねぇ、そこの君」


 突然、私を呼ぶ声がしたのです。

 私が振り返ると、誰も居ませんでした。右も左も確認しましたが、ただ木々が広がっているだけです。奥の奥の方まで注意しましたが、それらしい影は見当たりません。

 私が首を傾げていると、また、同じ声がしました。


「ここだよ、ここ」


 声は上からでした。そちらへ顔を上げると、私は目を見張りました。声の主が空中に浮かんでいたのです。翼を、鳥ポケモンのように羽ばたかせるでもなく。


「気づいた気づいた」


 そう笑うと、音もなくスッと私の基へと下りてきました。

 その姿は、ぼんやりとした闇の中で、仄かに光っています。お陰で、全身の様子を簡単に確かめることができました。

 目はくりくりとしていて、薄緑色の逆三角形が、両目下に一つずつ。白く、あの潰れやすいモモンの実のように柔らかそうな肌をしています。顔は丸みを帯びていて、全体的に幼い印象です。背も、私とさほど変わりません。

 そして頭には、黄色い冠り物のようなものが見られます。それは上、左、右の方向に向かって尖っていて、その所為で全身の輪郭は星形をしています。まるでこの星空から舞い降りてきた、一つの星のようでした。


「ねぇ、帰っちゃうの? 折角星が綺麗なのに」


 男の子とも女の子とも判断のつきにくい甘い声で、その子は私に問いかけてきました。


「え、あの……」

「良かったら、僕とお喋りしない? 星を見に来たんだけど、独りじゃ寂しくて」


 彼は突然な提案をしてきました。相手が初対面なこともあり、少し躊躇われたのですが、ここで無下に断ってしまうのも気が進みません。

 回答に困った私は、勢いに任せて頷いてしまいました。彼の見かけからして、捕食者ではなさそうでしたし。

 すると、彼の顔が輝きます。


「本当? ありがとう!」


 お礼を言うと、彼は私を座るように促しました。私がその場に座り、続いて彼が隣に座ります。


「君の名前は?」

「あ、リ、リムです」

「そうか」


 彼は頷くと、そっと微笑みました。その表情の柔らかさ、自然さ、それと美しさに、思わず見入ってしまいます。


「僕はアスター。よろしくね」

「はい……」 


 相変わらず彼――アスター君を見つめながら、私はか細い返事をしました。

 実は私、誰かと話すのはあまり得意ではありません。昔から人見知りをする性格でした。何となく頷いてしまったものの、アスター君の退屈凌ぎの相手になれるかどうか疑問なところなのです。


 しかし、それは杞憂でした。彼は気さくに話しかけてきてくれたのです。彼の口から紡がれる言葉の数々は、固まっていた私の心を溶かしてくれるようでした。次第に重たかった唇が軽くなっていく気がします。

 寧ろ、私の方から話題を切り出していくようになりました。
 
 話の種は尽きませんでした。今までに出逢った楽しかったこと、悲しかったこと、綺麗なもの、不思議なもの――ルルが居なくなってから話す相手がおらず、胸の奥にしまい込んでいた多くが、私の喉から溢れ出すのです。とても懐かしい心地がしました。

 アスター君も相槌を打ったり、詳しく訊ねてきたりと、積極的に私の話に耳を傾けてくれています。お陰で、こちらも話していて嬉しくなりました。

 話をしながら、アスター君となら友達になれる気がしていました。だから私は、アスター君に親友のルルのことも話したくなりました。

 私はルルについて話を始めました。ルルがどんな子だったか、どんなに優しかったか、ルルとの思い出の数々――そして、彼女が凶暴な肉食ポケモンに食べられてしまったことも。


「それは気の毒だったね」


 アスター君は声の調子を下げて、伏し目がちになりました。


「この世は弱肉強食ですから。危険は心得ているつもりではいたんですが……」


 胸が締め付けられるような感覚を覚えました。


「そもそも、私が悪かったんです。帰ろうと言う彼女に、もう少し遊びたいと私が我が儘を言って……」


 最後の方は、涙声になっていました。そして、誤魔化しが利かないほど大粒の涙が、目から零れます。その涙を拭うと、アスター君は私の頭を撫でてくれました。


「君が責任を感じることじゃないよ。もし、その肉食ポケモンが近くにいることを知ってたら、君はそんな我が儘言うはずなかっただろ?」

「……」

「親友だったら、そのルルって子も君のことを恨んでなんかいないだろうし。それに、恨むべきはルルを食べた奴だ」


 アスター君が冷静に慰めてくれたからか、私は幾分気が楽になった気がしました。


「でも」


 私はやっと口を開きました。


「仕方ない、のではないのでしょうか」

「どうしてさ」


 アスター君は怪訝な顔で訊ねます。


「彼らにとっては、生きる為なんですよね。私たちを食べるのは……」


 もし私たちが食べる木の実などに、意思や感情が在るならば、私たちも立派な捕食者です。だからといって、私たちは木の実を食べるのをやめることはできません。それと同じなのではないか。そういう旨をアスター君に伝えました。

 別に、捕食者を擁護するつもりではありません。私たちだって、食べられたくはありませんから。ただ、責任転嫁をするのは良くない気がしたのです。私が我が儘を言わなければ、ルルは犠牲にならずに済んだのですし。

 アスター君は腕を組みながら、頷きました。


「まぁ、確かにね」


 ほら、やっぱり。私が悪いのです。


「でもさ」


 一呼吸おいて、アスター君が切り出します。


「そうじゃなかったら、どう思う?」

 

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