―数十分後…

やがて彼は先ほどの広場からかなり離れた場所で、息切れを起こしゆっくり立ち止まった。

木々が切れて開けた場所のようであり地面の切れたその先は深い崖になっているらしく、

真っ暗な闇が口を開けていた。



しかしやわらかな月の明かりが辺り一面を照らしておりまるで昼間のように明るかった、

これなら何かが近づいてきてもすぐに気付くことができそうだった。

彼は額に浮き出た汗を拭いながら、呼吸を整えるためにその場にぺたりと座り込んだ。



「ハァハァ、どうなってるんだよこの森…。」



彼が呻くのも無理はない、

とにかく森を出ようと走り続けたがどこをどう走り抜けても似たような場所に出てきてしまうのだ。

おまけに至る所でマルノーム達の動く音が彼のヒレのレーダーで感じ取れるため、

マルノーム達から離れるために方向を変えたのは一度や二度ではなかったのである。



ぜぇぜぇと息を切らしながらどうにかここまで走ってきたが、彼の体力は限界に近付いていた。



「くそっ…、…ん?」



彼が少し休もうとごろんと寝転がると、彼の寝ている少し先にオレンの木が密集して生えていた。

ここまで走って来るときにも何度かこの木が生えているところを通り過ぎたので、

どうやらこの森は本当にこの木が至る所で群生しているらしい。



「こんなところにまで生えているなんて…。」



彼がオレンの木をしげしげと眺めていると、その視界の隅に妙なものが転がっていた。



それは古い鞄のようで、風雨にさらされていたせいかすっかりボロボロになってしまっていた、

そしてその鞄の中には長い月日のせいでしおれてしまったと思われるオレンの実が一つ入っていた。



「どうしてあんなところに鞄が…?」



ラグラージはゆっくりと思考を巡らしていった、

この森の中を走りぬけるときに、オレンの実が群生している場所がいくつかあった。

それもひとつやふたつではなくもっとたくさんの…。

最初はおかしいと感じなかったが、よくよく考えてみるとおかしい。



この食糧不足の中、なぜこんなにものオレンの実が生えている森が今まで見つかっていなかったのか…?

そしてなぜこの森はこんなにオレンの実が生えているのか…?

そしてなぜオレンの木の傍にあんな不自然に古い鞄が落ちているのか…?



ラグラージは先ほどのおぞましい記憶を思い出す、

マルノームはガーディーを飲み込んだあとに、ガーディーの着けていた鞄を吐き出していた。

オレンの実がたくさん入っていた鞄を…。

あの実が時間をかけて木となり、次第に群生していっていたとしたら…。



ラグラージの中で一つの仮説がたてられた。

つまり、この森はオレンの実が最初から至るところで生えていたのではなく、

オレンの実を見つけて採っていった者たちがあのマルノーム達に食べられてしまったせいなのではないかと。



ラグラージの中で、この仮説は確信へと変わった。

木の実がたくさん採れる素晴らしい場所だと思っていたがとんでもない、

タネが分かればこの森がとても恐ろしい場所だったということにたった今気がついたのだ。



「じゃあ、月の出る晩に蠢く音っていうのは…。

 月の晩はマルノームが活発に活動していて獲物を求めて動いているからっていうことなのか…!」



ではなぜ月の出る晩だけなのだろうか?



ラグラージは先ほどの出来事を思い出していく、

グラエナがルノーム達と戦っていた時、なぜ自分は襲われなかったのだろうか?

彼らから少し離れた位置だったとはいえ、ブルブルと震えていた自分は格好の標的だったはずである。

それに、先ほどまで森を走っていた時もマルノーム達に何度か出くわしてしまったことがあったが、

彼らがこちらに気づいていない様子だったので、やりすごすように逃げてこられたのである。



ひょっとしたらマルノーム達はあまり目が見えていないのではないのだろうか…?



「月のない晩は夜目が利かないから襲われてもなんとか逃げ切ることができたってことだったのか…。」



途端にラグラージは恐怖のあまりガタガタと震えだした、

今の考えが真実ならば、今この月明かりに照らされた隠れ場のない場所にいる自分はマルノーム達の格好の…。



ガサガサ……。



「ひぃっ…!」



後ろの茂みから聞こえてきた物音に思わずビクッと反応をしてしまった、

ラグラージが油の切れた機械のようにゆっくりと後ろを振り返ると、

そこにはガーディーを飲み込んだ時よりも、おなかを大きくぽっこりとふくらましたマルノームが、

くりくりとした赤い目でこちらを見つめていた…。



「うぎゃああぁぁぁぁ!!!」



わけも分からず悲鳴をあげながら急いで立ち上がりラグラージは走りだそうとする、

すると「ベシャ…!」という音とともに何かがラグラージの足に付着した。



「なんだ…グァッ……!」



疑問を声にだそうとした次の瞬間、鋭い痛みを足に感じラグラージはよろけて転んでしまった。

そのひょうしに彼の持っていた荷物が彼の手からほうられて地面に

包みからオレンの実がぶちまけられていくつかは崖下の暗闇へと消えていった。



「アグゥ…!」



焼けつくような痛みを覚えラグラージが自分の足を確認すると、

自分の片足に何か異臭のする黄色い粘液のようなものが掛けられており、足が赤くじんじんと腫れあがっていた。

マルノームの技『いえき』を吐きかけられたのである。



「グゥ…、くそっ!!」



激しい痛みのせいで涙をこぼしながらも、ラグラージは必死にマルノームから離れようと立ち上がり歩いて行った。

その後ろを緩慢な動作でマルノームが追い詰めていく。



「くそぅ来るな…うわぁ!?」



何とか距離を開こうと急いだせいか石につまづき彼の足はもつれて転びそうになる、

しかも不運なことに転びかけた方向は…。



「嘘だろ…!?」



真っ暗に大口を開けた崖の方だった、彼の青い巨体が崖の下の暗闇に向けて投げ出される。

必死に手が空を掴むがそれも空しく彼の体は崖下に向けて転落していった。



「うわわわわ…!!」



重力の無くなる感覚に包まれながらも、彼は懸命に手足をばたつかせていた。

その行為がわずかだが彼を救うこととなった。



ガシッ…!



「ウグッ…!?」



運よく振り回していた腕が崖の出っ張っている部分に掴まることができたのである、

重力に従ってガリガリと崖をずり落ちながらも彼の体はなんとか停止した。



「ハァハァ…、ハハハ…なんとかまだ生きてるみたいだな…。」



すでに声が掠れており、そよぐ風にさえかき消されてしまうぐらいの大きさでしか喋ることはできなかったが、

それでも彼は自嘲気味に笑っていた。

なんとか崖を登ろうとしたが、体中がボロボロであり掴まっているだけで精いっぱいである。

状況はどんどん悪化するばかりだが、

それでもここまでくればさすがのマルノームも追っては来れないと彼は考えはじめていた。



なんとか今夜はこの状態で耐えきれば朝になって安全に崖を伝って下りることができるかもしれない、

そうすれば村に帰ることができる、帰って見慣れた兄弟たちの顔を見ながら今晩のことを話してやろうと。

わずかに希望が見えてきたことが彼の体力の限界をなんとか引き延ばしていた。



しかし、彼の希望への淡い思いを粉々に打ち砕く音が響いてきた…。



ズリュ…ズリュ…



もはや聞き慣れてしまったマルノーム達の蠢く音…

まさかこんな所まで追ってきたのかとラグラージは上を見上げた。

しかし、ラグラージのいる位置からは崖の上は見えないものの、

崖をつたって降りて来るものはどこにもいなかった。

夜空には変わらず大きな月が見えるだけ…。

ではいったいどこからするのだろうと、ラグラージが音に意識を集中させると…、



ズリュ…ズズズッ……ズリュリュ………



と徐々に蠢く音が大きく増えていくように感じ、

しかもその音は自分の下の方から聞こえてくるのだ…。



『見てはいけない…!』



彼の頭にはただ一言その言葉だけが浮かんでくる、

しかし思いとは裏腹に首がゆっくりと下に向いて行くのを彼は止めることができなかった。



そして彼は見てしまった…、



はるか眼下の崖の底に大量のマルノーム達がひしめき合って動いているのを、

そう、ほかでもないこの崖の底こそがマルノーム達の巣だったのである。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」



今晩だけで何回悲鳴をあげたかはもうラグラージは覚えてはいない、

ただ、今あげている声が今晩あげた中で一番の絶叫だろうということを場違いながら考えていた。



ラグラージの声を聞きつけて、下にいるマルノーム達はゆっくりとラグラージの方を見上げる。

そしてマルノーム達は美味しそうなエサを見つけたといわんばかりに、

一斉にその大きな口を広げてラグラージが落ちてくるのをいまかいまかと待ちだした。



「うわぁ、ぐぃ、ぎゃぁあああああ!!!」



完全に狂ったように悲鳴をあげながら、ラグラージは掴んでいた手の力を強めた。

しかし、かなり重量級の部類のポケモンに入る彼の体重をいつまでも支えられるほど、

もう今の彼には体力も気力も残ってはいなかった。

さらに、マルノームの群れを見てパニックになってしまったことが彼の最後の緊張の糸を切ってしまったのである。



ズルッ……



一瞬気が緩んだ瞬間に彼の手は崖から離れ、体は再び空中に投げ出された。

自分でも不思議に思うくらいにゆっくりと体が下に向かって落ちていく…。



落下に合わせて彼の体は仰向けになるようにひっくり返っていき

それにより彼の眼には何十匹という口を開けたマルノームの群れの姿が飛び込んできた。

その中でも一番体が大きくて、

ちょうど彼の体が納まるぐらいに口を開けていたマルノームの口がどんどんせまってきて…、



ムギュウッ……!



という音を立ててラグラージの体はすっぽりと口に収まってしまった。

マルノームの口の中では、



ヌチャァ…ネチャァ……



と、粘着質な音を立てながらグニョグニョと口内の肉壁が動いていた。

マルノームの体が柔らかくクッションのようになったことが幸いしたのか、

ラグラージは落下のダメージはほとんど感じることはなかった。

大きく口を開けていたマルノームもラグラージが口に入ったことを確認するとゆっくりと口を閉じ始めた。



「あぐぅぅぅ…、くそぉ…!」



もはやもがく元気も残ってないラグラージは最後の力を込めて閉じていく口を押し広げようと、

唾液でベタベタになってしまった両手をまだ開いている口の隙間から外に突き出しわずかに押し広げた。

なんとか外に顔を出そうともがくが、

ブニブニとやわらかい足場に足が「ズブリ…」と沈んでしまい、立ち上がることもままならなかった。



マルノームが軽く体を揺さぶり、ラグラージの手を口から引き剥がそうとする。

すでに唾液にまみれで体全体がぬるぬると滑りやすくなっていたラグラージの手は、

ズルズル……

と音を立てあっさりとマルノームの口から離れてしまい、

それを最後にマルノームの口が完全に閉じられてしまった。

彼が最後に見た外の景色は、

最初に見た時となんら変わることなく輝き続けている大きな丸い月の姿であった。



彼の視力は暗い沼の中に潜っていても周りを見通せるように精度が良くなっているため、

この暗闇の中でも多少周りを見渡すことができた。

マルノームの口内は、全体がグニョグニョと蠢いており、

そのうえどくタイプポケモンのためか むっとむせかえるような異臭が立ち込めていた。



「う…、クサイ……。」



臭いに顔をしかめながら、自分の手を鼻にあてようとする。

しかしグニャグニャ動く口内にバランスを崩し、うつぶせにひっくり返ってしまった。



「ウァ…、むぐぅぅ……!」



ラグラージは「ベチャアッ…!」という音をあげて溜まっていた唾液に顔を突っ込んでしまう。

そのひょうしに口の中にマルノームの唾液が入ってしまったのか、ペッペッと口の中の唾液を吐きだす。

すでに立ち上がろうとする気力もなく、突っ伏したままで弱々しく呼吸をしている。



「俺…ここで死ぬのかな…?」



マルノームの口の中でぬらぬらと唾液で不気味に光る自分の手を見つめながら、ラグラージはポツリとつぶやいた。

彼の眼からはポロポロと涙がこぼれており、目の輝きもすでに虚ろなものとなっていた。



マルノームがムグムグと口を動かすたびに、ラグラージの青い体に唾液が絡まるように浴びせかけられていく。

彼の透きとおるように青かった体もぬめぬめと光る唾液のせいですっかりベトベトになってしまっている。



モムモム……ムグムグ……



ラグラージを口に含んだマルノームが彼の味を堪能するかのようにとても美味しそうに口を動かしていく様子を、

ごちそうにありつけなかった他のマルノーム達が恨めしそうに見つめている。

そして、とうとう十分にラグラージの味を楽しんだマルノームは最後とばかりに顔を上に向けていく。

それに合わせてゆっくりとラグラージの体が持ち上がっていき、

まるですべり台を頭から滑って行く時のような体制になり徐々に喉の奥に向かってずり落ちてゆく。



「ごめんな…。」



誰に対しての言葉だったのだろう、

家で待つ彼の兄弟か、はたまた捨て身で彼を逃がしてくれたグラエナに対してだろうか。

それは彼以外の者には誰にも分からないが、

ただそう一言だけつぶやいてラグラージの体は暗い喉の奥に運ばれていき…、



ゴックンッ……!



という大きな音を立てて、ラグラージの体はマルノームに飲み込まれてしまった。



マルノームの喉がラグラージの体積の分だけ大きく膨らんでいき、

ズブズブと沈み込むようにラグラージの体が喉の奥へと落ちていく…。



グニュッ……グリュリュ……ジュルジュル……



鈍い音を立てながらラグラージの体がマルノームのおなかに移動していき、

ついにラグラージの体は胃袋の中に落ち込んでしまった。



マルノームのおなかはグラエナの時よりもでっぷりと大きくおなかがふくらんでおり、

ラグラージを飲み込んだマルノームは満足そうにおなかをさすっていた。

他のマルノーム達はもう一匹ぐらいエサが落ちてこないかと、

淡い期待を込めながら崖の上を見つめ続けている。



「グギュゥゥ……。」



朦朧としてきた意識の中でラグラージが目を開けると、

そこは口の中よりも強い腐臭に包まれており壁の全体がぬらぬらと不気味に濡れた空間であった。



何とか体を上に向けようと力を加えるも、

彼の体だけでほとんどのスペースを取っているためほとんど体勢を変えることができなかった。

少しでも広くならないかと手で肉壁を押すも全然効果がなく、

逆に迫ってきた肉壁に押しつぶされてしまうだけだった。



時折もこもこと動くおなかの中がよほど気持ちいいのか、

ラグラージを飲み込んだマルノームはにんまりと笑いながらおなかをさすり続けている。

もうこれ以上今晩はエサが落ちてくることがないと分かった他のマルノーム達は、

残念そうにその場から離れていった。



ぴったりと体に張り付くようにくっついてくる胃壁と温かいマルノームの体温に包まれながら、

丸くなるようにラグラージはマルノームの胃袋の中に横たわっている。



まどろむように消えそうになる意識を必死にとどめようとするが、

徐々に下がってくるまぶたにだんだんと逆らえなくなっていく…。





そして、ゆっくりとラグラージの意識は眠るように消えていった…。









マルノーム達の住処のある高い崖の上で、

一匹のマルノームがラグラージの採ってきたオレンの実をやわらかな土に埋めていた。

彼らに美味しいエサを運んでくれる木の実を、大切に育てるのが彼の役目のひとつなのである。

ひととおりの木の実を地面に植え終わり、彼は満足そうに地面を眺めた。



今日は黒い色の犬のようなポケモンを一匹食べられたからおなかの方も満足なのでとても気分がいいのだ、

ポンポンと短い手でいまだ大きくふくれているおなかを叩きながら彼はゆっくりとした足取りで、

仲間たちの待つ住処の方へ引き返して行った。



マルノームが植えていった地面の近くには小さなオレンの木がそよそよと風に揺られて静かに揺れている。

その傍で、主を失くした葉っぱの包みとその中に一個だけ取り残されたオレンの実がさみしそうに転がっていた…。



The end

 

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