気がつくと、橙色の夕日が顔にかかっていました。


「もうこんな時間ですか」


 私はだらしなく口許に垂れている涎を拭います。満腹感を感じな
がら、まだ息のあるポケモンたちの動き――食後の余韻に浸ってい
ました。どれほどの数を食べたのか、見当もつきません。


「随分と食べたね」


 アスター君の声で、我に返ります。


「君は森中のポケモンを恨んでたのかい?」

「……」


 何となく蔑みを含んだ声でした。言い返す術もありません。食欲
に身を任せすぎました。


「改めて、周りの状況を見てみるといいよ」

「周り……?」


 言われて、横を向いてみました。

 そこには無惨に薙ぎ倒され、投げ飛ばされた、滅茶苦茶な木々し
かありませんでした。後ろにも。前にも。まるで巨大な嵐が過ぎた
後のように。

 食欲に支配されていたときは気に掛けもしなかったのに、この凄
惨な光景に身震いがしました。そして、全ては私がやったことなの
だとは、信じられませんでした。

 思わず後退りすると、偶然足下が目に入りました。そうして初め
て、黒ずんだ赤色に染まった私の足を確認したのです。この赤い液
体は、私のものではないことは確かでした。


「分かったかい? 事の重大さが」

「そ、そんな、私……」

 胸の鼓動が、内側から打ち付けてくるように、強くなりました。


「君は、あのバンギラス以下の“怪物”になり果てたんだ」 


 私が、怪物? それも、ルルの命を奪った、あの悍ましいバンギ
ラス以下の?


「ち、違……!」 


 そう言いかけたとき、お腹の中のポケモンがもぞりと動きました


 同時にどうしようもなく激しい吐き気に襲われました。


「――ッッ!!」


 一気に逆流した内容物は、私の口から大量に零れ落ちました。そ
れには、私の体液に塗れた生き物らしいものが混ざっていました。
その中には、殆ど原型を留めていないものもありました。その生々
しい光景こそ、「私が怪物だ」という何よりの証明でした。


「い、嫌ああああ!!」


 恐らく誰も居なくなった森中に、私の悲鳴が木霊しました。


「お願いです! どうにか、どうにかなりませんか!?」


 取り乱した私は、涙をボロボロ零しながらアスターに縋るように
見つめました。


「さっき言ったけど、死んだポケモンを生き返らせることはできな
い。加えて言うと、過去を変えることもできないんだ。そういう決
まりでね」

「そ、そんな!?」

「でもね、一つだけあるんだ。君の罪を消す方法が」


 私はそれに飛びつきました。何せ、絶望の淵から救われる唯一の
手だと言うのですから。


「落ち着いて。まずは小さくなろう」

「は、はい」


 私が頷くと、アスター君は私の額に手を当てました。そうして、
その辺りが光ります。バンギラスの位置を読み取ったときと同じ要
領でした。

 そして、私の視界が段々と低くなっていきました。体が小さくな
っているのです。あっと言う間に木の高さにまで下がります。次第
に、元の自分に戻れるのだという安堵感が湧きました。

 とうとう、元々の高さになりました。――が、縮小化は何故か止
まりません。今度は草むらの草を見上げるほどになっていき、最終
的には本物の虫くらいの小ささになってしまいました。


「どう……して?」


 呆然として立っていると、頭上を巨大な影が覆います。振り返っ
た途端、私の体は白く大きな手に鷲掴みにされました。

 視界にいっぱいに映ったのは、先程まであんなに小さかったアス
ター君の顔でした。


「アスター君、これはどういうことなのですか?」


 恐る恐る問いかけると、彼はくすくす笑いました。


「どういうことって、言ったじゃないか。“小さくなろう”って」


 その声は冷たく、しかし何処か愉しそうでした。


「あぁ、小さくて可愛いよ、リム」


 アスター君はうっとりとしながら、私の体をゆっくり、優しく指
先で撫で上げます。木の幹のように太い指は、寧ろ私の恐怖を煽り
ました。


「食べたくなっちゃうよ」


 不意の言葉に鳥肌が立ちました。冗談のつもりなのでしょうか。
先程から、アスター君の様子がおかしいです。


「あの、“私の罪を消す方法”というのは?」


 そう訊ねると、私を撫でる指が止まりました。代わりに物凄い力
で体が締め付けられたのです。


「いた……」

「それはねぇ」


 痛みと苦しみの中、アスター君の口が三日月のように吊り上がる
のを見ました。


「僕が君を食べるんだ。つまり君の存在ごと、君の罪を消すのさ」


 全身に悪寒が走りました。すぐに逃げだそうと暴れるも、更に締
め付けが強まり、無駄でした。逃げることは不可能でした。


「お願いです、やめてください!」

「さっき、どれだけのポケモンが君にそう言っただろうね」


 アスター君は嘲笑します。まるで、私がバンギラスに浴びせた言
葉でした。


「実は、僕はポケモンが丸呑みにされるのを見るのが大好きなんだ
。君に近づいたのも、君に捕食ショーを演じてもらう為さ」


 ということは、昨晩私と楽しそうに喋ってくれたのも、親身にな
って相談を聞いてくれたのも、全て演技だったのでしょうか。そう
思うと、涙が零れて仕方がありませんでした。


「そしたら、君が予想以上に食べてくれるんだもん。楽しませても
らったよ。それで、僕も君を食べたくなっちゃったんだ」


 アスター君の声の調子が低くなりました。私を食べるのが待ちき
れないのかもしれません。

 ふと見上げると、アスター君の瞳は細まっていて、獲物の私のこ
とを一点に凝視していました。その目つきは、あのバンギラスがル
ルを食べた直前のものと、あまりによく似ていました。

 私も、あのような目をしていたのでしょうか――。


「もう喋ることは何もないよね。僕ももうお腹ペコペコなんだ」


 やおら体が持ち上げられます。その動きは、彼の口許で止まりま
した。


「それじゃ、いただきまぁす」


 直後、私の体は妙な浮遊感に見舞われました。口内の熱い息の歓
迎を受け、テカテカに濡れた舌の上に落ちます。そして、何処から
ともなく大量の涎が雪崩れ込んで、私の全身はぬるぬるに濡れまし
た。


「い……や……怖い……」


 のたうち回る巨大な舌に翻弄されながら、私は恐怖に苛まれてい
ました。閉ざされた口内は、夜の闇よりも暗い場所でした。

 私は数知れない無実のポケモンに対して、これと同じことを行っ
たのです。私の罪の深さを、身を以て実感しました。

 きっとこれは罰なのです。受けるべき罰を、今私は受けているの
です。そう考えると、生きることへの執着も不思議と消えていきま
した。

 私を転がす舌がぴたりと止まりました。そして、私を喉へと押し
込んだのでした。

 喉の中は口内よりも暗い場所でした。加えて、喉の肉の圧迫感で
呼吸が上手くできません。私は奈落の底へと運ばれているのです。

 しかし、恐怖よりも安堵感が勝っていました。漸くこの罪悪感か
ら解放されるのです。

 突然喉の肉の圧迫がなくなりました。何も見えない中、体が落ち
ていくのだけは感じられます。これで、終わりです。


「ルル、ごめんなさい」


 私は最期にそう呟いたのでした。


――バシャン





「あー、美味しかった」

 一匹残ったアスターは、周辺の異様な静けさに不似合いな明るい
声を上げた。


「次はどいつを嵌めようかな」


 不敵な笑みを浮かべると、お腹を摩りながら、彼はスッとその姿
を消したのだった。

 

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