ゴゴゴゴゴゴ・・・

 

『う、うわっ!?』

 

地震が起きる。立ち上がった直後に起こったために、バランスが保てずその場を転がり、そのまま転がり、壁に打ち付けられる。

 

『うぐっ!・・・いたた・・・』

 

地震はまだ続いているようで、その場から動けないでいる。と、突然近くの地面が不気味な隆起を見せ始めた。

ビシッ・・・バキッ・・・と地面が割れる音が響き、ブイゼルはその不気味な隆起に視線が釘付けになっている。そして、一瞬静寂が訪れる。・・・地震も止まり、不気味な静けさの直後だった。

 

ドゴォオオオン!!

 

土の欠片が飛んでくるのと、土煙が巻き起こって視界が殆ど0の状態になり、唯一わかったのはその土煙の中で、うっすらと巨大な影が見えてくることだけだった。

その次の瞬間。

その影が此方を向き、その両目がブイゼルの身体を捉えた。

土煙で影しか見えないはずだが、その巨大な影の両目はしっかりと自分を捕らえて逃がそうとしない。

そして、一歩。 地面が揺れる。

また一歩。土煙が晴れてきた。

三歩目にして、その巨大な足が目の前に置かれる。その恐怖からか思わず、ヒッと小さな声を出してしまう。

 

「・・・まだ子供か・・・」

 

目の前に突然、その巨影の顔がはっきりと分かるまでに近付けられる。見たことも無いポケモンだった。

その言葉を発されたとき、ブイゼルの中の本能が-逃げろ-と叫んだ。本能に従うまま、瞬間的に立ち上がり走り出す。

どちらへ向かっているのかも分からない。だが、ここから逃げなければ危険だ。と本能が叫んでいた。

 

「逃がすか・・・」

『えっ!?・・・うわああぁっ!!』

 

突然、地面が大きく縦に揺れる。無論バランスをとる暇もなく、ブイゼルはそのまま地面を転がり、再び壁に激突する。・・・擦り傷が身体のあちこちに出来て、打ち身の痛みも少し強くなってきている。

 

『うぅ・・・く・・・』

 

ズシン、と此方に歩み寄る足音と振動。・・・逃げなきゃ、と思い身体に鞭をうって立ち上がり、フラフラになりながらも逃げるのに必死になる。

だが、逃げようとする度に足元がふらつき、壁に手をつけながらでないとまともに歩けそうに無い。そして、次の瞬間に地面が揺れると、顔から盛大に転び、鼻頭に擦り傷が出来る。

逃げなければ。だが、先程からのダメージのせいか立ち上がろうとしても、足が動かない。

這いずってでも逃げよう。・・・だが、その次の瞬間には背中を掴まれた感覚と共に身体が宙に浮く。

 

「お前が、ここの宝を盗んだ張本人か・・・それなりの覚悟はしてきたんだろうな・・・」

『!?ち、ちが・・・きゃぅっ!』

 

否定の言葉を出そうとした直後、壁に叩きつけられて地面に倒れ、肘を使って上体だけを起き上がらせる。と、次の瞬間に視界に入ってきたのは唾液で光る巨大な舌。鋭く尖った牙に、威圧感を与えるその両目。

 

「まあ俺にとってはどうでもいい・・・今は、空腹を満たしたいのでな・・・」

 

口が動くたびに、マグマの熱とは違う何か熱い空気が身体を覆い、顔が固定されてしまったかのようにその口から視線を外すことが出来ない。

そんな目から涙が溢れてくるのが分かる。・・・無論、恐怖のために出てくる、見逃してくれるのを期待するように縋る涙だ。

 

 

だが、目の前に居るそのポケモンは獲物を見る目で自分を睨み、その巨大な手に生えている爪で自分の尻尾を抑えていることから、自分を逃がすつもりはないのが見て取れた。

そして、その巨大な口から一筋の唾液が自分の身体に垂れていって・・・生暖かく、ヌメっとした感覚が垂れた場所から広がり、その感覚が更に恐怖を倍増させる。

 

恐怖に包まれ、逃げようにも身体が言う事を聞かず、絶望的な状況だった所に、更に追い討ちがかかるようにして、その巨大な舌が身体を舐め上げる。

思わず叫び声を出そうとした瞬間、息苦しさと強烈な圧迫感が腹部を襲い、出そうとした声は呻き声となり漏れていく。・・・柔らかく、そして怪しく蠢くクッションのようなそれを感じた瞬間に、声が聞こえてくる。

 

「・・・どうだ?俺の口の中は・・・快適であろう?」

『んきゅ・・・ぁ・・・ぁっ・・・・・・はぅ・・・』

 

クク、と笑い声が続く。が、ブイゼルはグラードンの舌が自分の身体を蹂躙して行く度に感じる、乱暴で柔らかな感覚に悶え苦しんでいた為か、聞こえていない様子だった。

そんな様子を感じてか、グラードンはその小さな身体を弄ぶかのようにゆっくりと、執拗に舌をその身体に這わせ、呻き声と共に溢れてくるその味を堪能していく。

 

『・・・・・・ぃ・・・ゃ・・・だぁ・・・!』

『んぐぅっ!?』

 

最後の抵抗と言うべきか、ブイゼルはグラードンの口内にありながらも体内にあるありったけの水を溜めて【みずでっぽう】を放つ。突然の抵抗に驚いたのか、グラードンの苦しそうな声が聞こえてきたブイゼルは、このままやっていけば何とか脱出出来るかもしれない、と思い、ありったけの力を振り絞って【みずでっぽう】を繰り出す。

 

だが、満身創痍の身体では長くは続けられずに勢いが弱まってくる・・・しかし、グラードンは吐き出す様子もなく、ただ苦しそうな声を出しているばかりであり、そんな最中ブイゼルが耳を澄ませると、どこかで-ゴクッ、ゴクッ・・・-と言う音が聞こえている。

その音が聞こえてから虚脱感が現れ始め、みずでっぽうの勢いが弱まり、とうとう止まってしまう。

 

『何だ・・・もう終わりか?・・・なら、そろそろ頂くとしようか・・・』

 

外から見れば分かったのだが、ブイゼルがみずでっぽうを放ってからグラードンの喉はしきりに動いて、何かを飲み下している様子がはっきりと分かっていた。

・・・ダメージを受けるに値せず、それこそ食前の水として飲み下されていたのだ。

その事に気付いたブイゼルはかなりの精神的ダメージを受け、これ以上は無いと言う程にボロボロになっていた。

それが反応を遅らせた。突然、自分の身体が宙に浮く感覚。それと同時に光が視界から消え、艶かしい色をしながら不気味に蠢く肉壁に顔が当たったと思うと、突然肉壁が顔を包み、潰す勢いで圧迫してくる。

 

『はぅっ!?・・・ぅうっ!!・・・・・・ん・・・・・・っ・・・・!』

 

出そうとする声は呻き声に変わり、空気を求める口からは少量の空気とグラードンの大量の唾液が侵入してきて、咳き込むと更に侵入してくる。・・・打つ手もなく、その肉壁に圧迫される感触が身体中に広がっていくのを感じ、自分が置かれている状況がいまいち把握出来ていないブイゼルであったが、腰がその感触に包まれた瞬間に、

 

-ゴクン・・・-

 

と、何かが呑み込まれる音が聞こえた。同時に、自分の身体が吸い込まれるようにしてその空間を落ちていく。・・・いや、自分の体重で落ちていくと言ったほうが正しいのかもしれない。・・・そして、終点は直ぐに訪れた。

べしゃっ!

『はぅっ!!・・・ぅ・・・くっ・・・』

 

唾液と共にその狭まった空間を抜け、少し広い・・・とは言うものの、身動きは殆どとれず、体位を変えるのにも精一杯で、全身が収まったその空間は窮屈ではある。そして狭い空間であるだけに全身の感覚が研ぎ澄まされて、身体が触れている場所から伝わってくるのは止まる事を知らない、グニュグニュと蠢いている生暖かく柔らかな何か。・・・そして、その狭い空間に響いている ドクン、ドクンという規則正しい音が遠くから聞こえてくる。

 

そんな音を聞きながら、意識が薄れていく。・・・手足は石のように重く、動かすことが出来ない。

先程の行動で、力を使い果たしてしまったのだろう。・・・そして、重くなっていく瞼に抗う事無く閉じた瞳から一筋の涙が流れ、何処に居るのかも分からぬままゆっくりと意識は闇に落ちていった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・ブラックアウトしていく意識の中、突然声が聞こえる。

 

「ふぅっ・・・コイツだけで十分腹が膨れるとは・・・それにしても、美味かったぜぇ・・・なぁ、俺の腹の中はどうだ?」

 

腹の中。・・・つまり、自分が居る場所は、口から喉へ、そして胃の中へと・・・

 

『!!!・・・・・・・』

 

その言葉に反応して思考回路が巡り出し、気付いた瞬間、絶句する。・・・まさか、そんな。食べられる、なんて考えてもいなかった。

 

「そうかそうか、言葉も出ない程気持ちいいんだな・・・なら、其処でゆっくりしていくといい・・・栄養となるまで、なぁ!」

 

その言葉を聞いて、突然身体の中が熱くなるように感じた。・・・生への執念か、その空間の壁を叩きながら叫ぶ。

 

『お願い・・・出して!ねぇ、お願い!』

 

どこから声が出ているのか分からない。だが、今こうやって動く気力と叫ぶ体力が戻っているのは確かだ。生きたい。それだけの為にこの強大な捕食者に懇願する。

 

「・・・まだそんな体力が残っていたか、まあいい・・・こうやっていたほうが、まだ楽しませてくれるってもんだ・・・!」

 

クハハ、と笑ってお腹を撫でる。

 

 

 

・・・時折、不自然な出っ張りが出来るが瞬時に戻り、それが何十回、何百回と繰り返された頃であろう。

体内に流れていた熱い何かも消え去り、先程と同じ、いや、それ以上の倦怠感と疲労感、ダメージも半端ではないのだろう。・・・顔すら動かせずに、そのまま胃の壁へと倒れこむ。

 

「もう動かなくなったのか・・・詰まんねぇなぁ・・・ま、今はコイツだけで十分だろ!」

 

自分に諭すように言い聞かせ、グラードンはそのまま地面へと潜る。・・・胃の中へも衝撃は来たが、柔らかな肉壁が胃の中を飛び回るブイゼルの身体を受け止め、ダメージを受けさせずにいた。

・・・それから衝撃が収まると、ブイゼルはうつ伏せの体位で胃壁に倒れていた。

世界が回る、そんな感覚を味合わされて更に疲労していた。・・・動くどころか、その脈動に身体を弄ばれながら、背中に何か液体が垂れてくるのが分かった。

唾液でもない、何かドロドロとした液体が背中を流れ、そのまま底(であろう、重力に従って落下していった場所)に溜まる。・・・背中からはピリピリとした痛みが広がっていくのが感覚として分かった。

・・・そしてまた一滴。また一滴。と終わることの無いその液体は彼の身体を着々と蝕んでいく。・・・そのピリピリとした痛みは絶える事無く続き、見える限りでは底に溜まって、あと少しで自分のお腹に到達しそうだと思い始めた、その時だった。

ふと、自分の手を見る。・・・視界に入ったその手は、毛が液体状になって張り付いていて、毛皮と呼べるモノでは無くなっていると一瞬で判断できたのと同時に、この液体が何なのかを理解してしまった。

 

『・・・・・・・・・ぃゃぁ・・・・』

 

 

弱々しく、消えてしまいそうな声。・・・そう、これは消化液。・・・胃の中に入った食べ物を溶かし、栄養として吸収しやすくする為に出てくる液体である。

拒否反応を起こした。いや、声だけで身体は動いていない。・・・何も出来ぬまま、この空間の中で消化されて栄養になってしまうのだと考えただけで身震いがする。

しかし、燃え尽きてしまったようなその身体に逃げ出す力など無い。・・・絶望的だった。

 

『はぅ・・・・・・・・ぃ・・・・・・・ゃぁ・・・・』

 

言葉を述べながら、時折命乞いの声も出す。が、グラードンにそれは届いていない様子で、消化は更に進んでいった。・・・彼の意識が無くなった後も、それは続く。

 

 

 

あれから何時間が経ったのだろうか。

胃の中にはブイゼルの姿はなく、グラードンは眠りについている。

 

宝を盗み出した、その代償として生贄となったブイゼル。グラードンにとっては久々の獲物であり、そして飢えを満たすだけの食物であったことだけは確かだ。

彼ら、ウォーターズが滞在する街でブイゼルが居なくなった事に、宝を盗んだ二人は声を合わせて

「両親の元へと帰らせた、もう彼はココへは来ないだろう。」

と、言うばかりであった。・・・そして、その話をした後には二人の口元が微かに歪むのを、その街の住人は知る由も無かった。

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