『僕らの森に入ってくるな! 我が一族の森だ!』 駄目だ… 怪物は全く止まらない。 『怪物め!そこで止まれ!!』 止まってくれ! これ以上荒らされたら一族が全滅する! 『止まれ〜〜〜〜!!!!!!!』 怪物は騒音をどんどん大きくして走ってくる! だめだ!怪物に殺されてでも止めなきゃならない! 『これ以上入ってくるな!!』 もう駄目なのか… 僕の目の前に巨大な怪物がやってきた。 二本足がなにか怒鳴っている… 済まなかった… 僕には族長は務まらなかったんだ。 森を救えなかったもの… 僕が死んだら誰が族長をやるんだろう… …いいさ、僕の代わりなんてだれか進んで出てきてくれるだろう… 僕は、怪物に立ち向かって立派に死去。ってかっこよく死ねるさ。 僕の負けなんだ… 僕はここで… 『なにやってんだバカ!!』 『!?』 急に首を噛まれ、体が浮いた。 そして、足のすぐ近くを怪物が走って行ったのを感じた。 ドンッ! 『ぐっ…』 地面に叩きつけられた。 すこし意識がもうろうとする。 しかし、すぐにはっとした。 森が! 怪物に荒らされる! しかし、怪物の音が止まっていた。 見ると、怪物の腹の中から二本足が下りてきた。 急いで二本足と怪物から離れて森の茂みに隠れた。 …何やら怪物に乗っていた二本足は、誰かと話しているようだ。 誰だろう? 怪物から下りてきたのは1人だけ… なのに二本足は誰と話しているのだろう…? 茂みから少し顔を出し、のぞいてみた。 しかし、怪物から降りてきた二本足は、再び怪物に入って、戻って行ってしまった。 ふぅ… 思わず、へなりと座り込んでしまう。 でもすぐに立ち上がった。 二本足がもう一人いたはずだ!まだ油断できない。 『…あれ?』 新しい二本足の臭いはしなかった。 さっき去って行った二本足と怪物の匂いしかしなかった。 ほかに臭うのは… 『…単独猫か…?』 別の猫の臭いだった。 …二本足と話したのは誰だったんだ? とにかく、もうキャンプに戻らなくては。 一族の反対を押し切って一匹で来てしまったから… …でも単独猫がいるなら縄張りを見回らなくては。 とりあえず、サンダー族の縄張りに沿ってパトロールを始めた。 …異常はすぐに見つかった。 草原で一匹、森の入口で伏せて落ち着いている。 見たことも無いくらい真っ黒だ… こんな猫は他の部族の猫ではないな… 別の部族の臭いもしない… 追い払うぞ… 黒猫に気づかれないように忍び足で背後に近寄る。 こちらが風下なので臭いも分からないはずだ… 縄張りに侵入したらどんな目に逢うか教えてやろう! … ひらりと飛び、黒猫に襲いかかった! よし!無防備の背中に噛みついて… …消えた!? 僕は黒猫に攻撃すら出来ずに、黒猫がいたところに着地してしまっていた。 そしてすぐに背中に重みがかかった。 『いきなり攻撃なんて少し酷くない?』 動けない… 背中に黒猫が前足で体重をかけているのだ。 『お前は誰だ?単独猫か? 一族の縄張りから出て行け!』 重みで動けないまま黒猫に警告した。 しかし帰ってきた返事は… 『単独猫? 一族? なんだそれ?』 …この辺りを知らないみたいだ。 よく見ると、黒猫の首には青い首輪がある。 『お前は飼い猫なのか?』 『…いや?』 黒猫は、なんでそんなこと聞くのか?という顔をしている。 『その首輪は何だ?二本足のペットの証拠じゃないか。それに、一族のことも知らないってことはここの森の猫じゃないんだろ? あとその足退けてくれないか?』 『あ、うん。』 黒猫は言われた通りに前足をどけた。 僕は立ち上がって黒猫を見た。 黒猫はスラリとした綺麗な体で、毛艶も綺麗だ。 毛皮も全部黒くて白い毛なんて一本も生えていない。 尻尾も長くて真っ直ぐだ。 これは少し褒めてやらんと… 『随分とカッコいいオレンジの毛並みだな。 思わず火を連想するね。』 『あ…』 先を越された… 僕は確かに全身オレンジの毛で、ファイアスターという名前を持っている。 『ずいぶんと良い褒め方をするな… 妙に当たってるし。君こそ美しい真っ黒の毛並みじゃないか。』 『ありがと。 で、二本足っていうのは人間の事でいいのかな?』 『人間…?』 黒猫は聞いたことのない単語を発した。 ニンゲン?なんだそれ。 『あ〜、知らないのか… じゃあ二本足で。 僕は、二本足のペットじゃないよ。 でも野良猫でもないし… う〜ん…』 黒猫は何故か考え込んでしまっている。 『…どこから来たんだい?』 『えっと、神奈川ってところ。』 『は?』 カナガワ…? また知らない単語だ。 『…じゃあ日本!』 『…』 ニホン…? 『…ごめん。今のナシ。 えっとね、ここからかなり遠いところ。』 『そうなのか… で、何をしに来たんだ?』 『えっ?』 黒猫はまた考え込んでしまった。 …なんでここに来たのだろう? どんな用があって…? 『…もうすぐここに災いが起こるような気がしたんだよ。』 黒猫はしばらくしてから言った。 間が随分と開いたせいで嘘くさく聞こえる… 『なんで分かるんだ?』 『さっきの車。あれも災いって言うんじゃない? ぼくは、えっと… 知り合いに教えてもらって…』 『車…?』 クルマって何だ…? 『さっきの… っていうとあの森を荒らしに来た怪物の事か?』 『怪物… まあそれでいいや。 じゃあ僕は森から、その… 一族を守るために来たんじゃないかな?』 その時、怪物に立ち向かう前の事を思い出した。 《この森に、間もなく災いが起こります。それによって大きな争いもあります。 しかし、これを止める者が現れます。》 サンダー族の看護猫が一族の皆にそう伝えた。 【これを止める者】とは彼なのだろうか… 『君ってもしかして…』 黒猫の耳がピクッと動いた。 そしてほんの少し怯えた臭いが感じられた。 『スター族の使いなんじゃないか?』 『はぁ〜?』 黒猫は本気で呆れた声を出した。 同時に怯えた臭いは消えてしまった。 『スター族って何?』 『…後の説明でいいかい?ちょっとサンダー族のキャンプに来てほしいんだ。』 『なんでよ?ってかサンダー族って何よ?』 『僕が族長の一族さ!他にはリバー族。ウィンド族。シャドウ族がいるんだ。』 『…雷と川と風と闇…? まあいいや。 で、そこで何をするの?』 『森を救ってほしいんだ!』 『えぇ〜?』 『スター族の使いの猫なら守る方法が分かるんじゃないの?』 『だからスター族って何さ!』 『…まあいいや。とりあえずついてきてよ。歓迎するよ!』 そう言ってキャンプに向かって駆け出した。 『あ、待てよ! 名前を聞かせてくれ!』 『僕はファイヤスター! サンダー族の族長だ! 君は?』 『族長なのはもう聞いた!僕は吉祥!ねこま… 正真正銘の和猫家系さっ!』 ファイヤスターは、【吉祥】の意味も発音も分からなかったし、何よりも吉祥が何て言いかけたのかも、和猫の事も分かっていなかった。 さらに、サンダー族のキャンプで、皆がどんな思いで待ってるか。 その事を一切考えていなかったのだ… 2匹は、サンダー族のキャンプへ向かって森の道を走って行った。 |