『ファイヤスター!!』 ファイヤスターに連れられ、森の中の茂みにあるサンダー族のキャンプに入った時の第一声がこれだった。 怒っている… 『あんた、族長のくせに何したか分かっているの!?皆の心配を無視して死にに行ったのよ?あんたがいなくなったら誰が族長をやるのよ?』 『そ… そこまで言わなくったって… ほら、僕は無事なんだし… ねぇ、サンドストーム…』 サンドストームはそれでも収まらず本気で睨んでいた。 しかし、僕に気づくと怒りはこちらへ向かってきた。 『…どこの猫よ? サンダー族の猫じゃないわね?』 僕の前に立っていたファイヤスターを肩で押しのけ、僕の目の前にぐいと寄ってきた。 『僕は… 名前は吉祥と言って…』 『名前じゃなくてどこの猫か聞いてるの。』 『…日本の猫?』 ぶっきらぼうに答えた。 『ふざけた答えを聞いてるわけじゃないの。』 サンドストームが、僕の首に付いた首輪に気がついた。 『二歩足のペットね。』 『いや違うったら。』 『ファイヤスター。なんでこんな飼い猫なんて連れてきたの?あなたそれでも族長?』 『飼い猫じゃないったら!』 僕の主張は大して聞いていない。 『えっと… 僕は… 彼が、スター族の言っていた、【災いを止める者】だと思ったから連れてきたんだよ。』 『…彼が?』 『うん… 保証はないけど。』 『…』 『…』 『…えっと、』 とりあえず口をはさんだ。 『そのスター族って何?』 『…保証無さ過ぎよ。』 正直な質問に、サンドストームがファイヤスターに吐き捨てるように言った。 『じゃあ予言が外れたのかい?』 『…この猫とは限らないじゃないの。』 『お〜い… もしも〜し?』 2匹は言い争いを始めてしまった。 まあサンドストームのほうが優勢だった。とは言っておこう。 改めて見回してみると、キャンプはそこそこ広かった。 倒木や岩があり、様々な所に猫がいた。 みんな体格が立派だ。 さすが山猫… で、その立派な体格の猫たちはみんなこっちを見ている。 僕、そんなに怪しい? すると、僕の所に、どこからか3本足の若めの猫が、ひょこひょこ跳ねながら走ってきた。 『ファイヤスターもサンドストームも言い争いはやめてください!』 なんだ。僕じゃなかった。 …いや。僕もだったらしい。 『あなたの名前は何とおっしゃるのですか?私はシンダーペルト。サンダー族の看護猫です。』 『看護猫?』 『主に、傷ついた戦士猫たちの手当てをします。他にはスター族の予言を聞いて族長か皆に伝える役目です。』 『ふぅん…』 看護師と巫女みたいなもんかな…? 『あ、僕は吉祥。』 『キッショウ…?』 今度はシンダーペルトが分からなさそうな表情をした。 『どう意味の名前ですか?』 『え… 意味は特にないんじゃないかな? 言葉の響きが良いのと縁起が良いからかな?』 『縁起…?』 どうも通じないことが多すぎる。 『えっと… 良いことを招きそうな言葉って意味。』 『良いこと… やっぱりキッショウさんは災いを防ぎに来てくれたんですか?』 『いや… 僕が連れ合いに聞いたのは、森で戦争がおこる。ってことだけ…』 『じゃあ決まりです。』 『え?』 『聞いていましたね?ファイヤスター、サンドストーム。彼が【災いを止める者】です。しかも、わたしは先程、黒い影に助けられる夢を見ています。彼の黒い毛並みを表しているものです。』 『…彼が?』 『本当だったんだな。』 2匹がほぼ同時に呟いた。 とりあえず、黒福の伝言と見事に一致している。 『じゃあ、キッショウを皆に紹介しなくてはならない。 ただ…』 フィアヤスターが僕を見て少し言葉を濁した。 『悪いんだけど… かなり呼びにくいんだ。』 … 外国の猫なんだな… やっぱり。 …って僕も向こうから見れば外国の猫か. 『いいよ。とりあえずここにいる間は別の名前でいることにするよ。』 『誰が名前付けるの?』 サンドストームが横から突いた。 『それは…』 『いいよ。僕が自分で名乗る。いい?』 『良いのかしら…?』 サンドストームは、ファイヤスターとシンダーペルトに目をやった。 2匹は見つめあって考えていた。 『大丈夫じゃないでしょうか?』 シンダーペルトが答えた。 さて難題だ。 僕はさっぱりネーミングセンスがない。 …だいたいここの猫たちのネーミングが独特だ。 じゃあ僕もこの流れに沿ったほうがいいのか…? 『僕の名は… ダブルテイルだ!』 その場にいる3匹が、揃って変な顔をした。 『どういう意味?』 サンドストームが聞いた。 『2本の尻尾…?』 シンダーペルトが呟いた。 『君の尻尾は1本じゃないか。』 ファイヤスターが指摘した。 念のため言っておくけど、化け猫であることは隠してある。尻尾の無い状態に化けている。 だから無論、尻尾は1本である。 『…まあ、そのうち理由を教えるよ。とりあえずこれで。』 3匹とも怪訝そうな顔をしたが、皆揃って、高い岩の前へ歩いて行った。 僕は最初の位置から動かなかった。 その内、ファイヤスターは岩の後ろへ歩いて行き、岩に飛び乗った。 そうしてこう声をかけた。 『自分で獲物を捕まえられる年齢の者は全員集合してくれ。一族の集会を始める。』 言い終わる前に、何匹かが岩の下に座った。 多分、僕が入ってきて、集会が始まることが分かっていたのだろう。 岩の下の猫たちが皆座り、静まったところで口を開いた。 『まず、皆の心配を無視し、勝手な行動を取った事を謝りたい。 済まなかった。』 僕は、サンドストームの事を見てみた。 サンドストームは、明るい顔で族長を見上げていた。 親しい間柄なのだろうか? 『そして、もうひとつ。以前、看護猫から災いの予言を受けた。その時に、【災いを止める者】が現れると言っていた。』 岩の上の族長を見上げていた目の大半がこちらを向いた。 『彼がそうじゃないかと思う。』 猫たちは、同時に囁きだした。 『どこの猫だ?』 『変わったにおいがするよ?』 『あんなに真っ黒な猫初めて見たよ!』 そして、ひと際大きい声で1匹が怒鳴った。 『見ろよあいつ!首輪をしてるぜ!二本足のペットじゃないか!』 その一言で囁きは大きくなった。 『静かに!静かに!』 ファイヤスターが宥めた。 しかし、大声で罵った猫は気にせず続けた。 『二本足のペットが災いを止める?冗談じゃないぜ!ただでさえサンダー族には飼い猫が多いのによ!』 『ダークストライプ。黙ってくれ。』 ファイヤスターは、静かに叱った。 飼い猫って誰の事なんだろう? だけど、飼い猫じゃないってことは伝えておかなきゃ。 『僕は…』 『彼は…』 ファイヤスターと同時に話しだしてしまう。 2匹は見合って気まずそうに少し苦笑いした。 しかし、それを見て、ダークストライプと呼ばれた猫が、調子に乗って喋り出した。 『ほ〜ら、飼い猫同士息が合ってるねぇ。飼い猫は飼い猫のお仲間がお似合いさ!』 ん?ファイヤスターは飼い猫だったのか? ファイヤスターはダークストライプを本気で睨んでいた。 そしてこっちを向いて、目で訴えた。 …何て? 分かるかよ!w しかし、相当、僕に伝えようとしたのだろう。 心の声を感じることができた。 《あいつに襲いかかれ!》 はぁ…?? いやいや… それって明らかお客さんの態度じゃないよね? …まあ歓迎なんぞされてないけど。 まったく。まあ族長さん命令だからやってやるけど… そんな中、ダークストライプの暴言は続く。 『どうしたんです?族長?何もして来なければ何も言ってきませんね?』 周りの猫たちは、もはや笑わず、ヒソヒソ話をしていた。 いかにも、ダークストライプがやりすぎだと心配しているようだ。 僕は、とりあえず悪口の元の脇にに跳ぶ狙いを定めた。 そして、跳んだ。 一直線にダークストライプの真横に着地し、さらにそこから相手の体の反対側へ跳んだ。 この時点で勝敗が決まった。 ダークストライプが混乱した! 真横にいた相手が急に真横から消えたのに、臭いと気配は全く消えていないのだ。 ダークストライプはこちらへ振り向こうとした。 僕は爪を剥き出し、丁度こっちを向いた相手の目玉に爪を突き立てた。 ダークストライプは硬直したように動きを止めた。 目は恐怖の色を浮かべ、恐れた臭いを体から発している。 僕の爪と彼の目玉との距離は1cmも無かった。 『動くなよ…?』 そう呟いた。 周りは沈黙が続いている。 『動かないでほしいね?動いたらすぐにその濁った眼球掻き出してやるから…』 ダークストライプは動きを止めている。 僕も腕を一切動かさない。 というか動かせない。 『まず、僕は飼い猫ではない。この首輪は僕の意思で着けている。おわかり?』 分かるだろうか…? とりあえずこの立場なので一方的に話を進める。 『次。族長はもっと敬うべきなんじゃない?』 視界の隅で、ファイヤスターの耳がピクリと動くのが見えた。 『あと、ついでに言っとくけど。年長者は敬うべきなんじゃない? お前は何年生きてるんだ?』 『…3年だ。』 『残念。僕は13年だ。』 そう言ってから腕を引いた。 しかしダークストライプは全く動かなかった。 目に浮かんでいた恐怖の色は、今や驚きの表情に変わり、少し震えていた。 …このまま石像にでもなりそう。 しかし、周りを見回してみると、見物していた猫が、皆、ダークストライプと同じ状態になっていた。 『嘘だろう…?』 ファイヤスターが沈黙を破った。 それを聞いて、ダークストライプが我に返った。 『…俺よりも10年も長く生きてるのか…?なのにその若い体…』 声が震えている。 『正真正銘。僕は13年間生きた。ちなみにまだまだ若い。』 …恐ろしいほど静かになった。 『…やっぱりあなたなんですね。』 岩の下にいたシンダーペルトが言った。 『さっき、言ってなかったのですが、夢の予言はあれだけじゃなかったんです。 【災いを止める者】に与えられた生は星よりも長い。 と…』 『星…』 確かにニタは猫蠨(ねこしょう)と言って、無限に生きられる力を持っている。 …ってことは、猫股の事を言っているのだろうか? よし、じゃあここでネタバラシ? 『アナタいったい何者なの?』 サンドストームが恐る恐る聞いた。 『え〜… オホン。 じゃあ・・・ ここにいる誰かで、ネコマタ というものを聞いたことありませんか?』 猫たちがざわざわと呟きはじめた。 ダークストライプもその輪に入っていた。 『聞いたことある…』 奥から少し震えた年寄りの声がしてきた。 『猫股は… ここから遠い、ちっぽけな島にしかいない恐ろしい化け物と聞いたことがある。その猫股は…』 ここで長老は間をおいた 『尻尾が2本に裂けているそうだ。』 猫たち全員から驚きの声が上がった。 僕は、化身術を解き、2本に裂けた尻尾を見せてやった。 『2本の尻尾とはこの事ですよ…』 声が一瞬にして止まり、全員の目が見開かれた。 『僕は猫股だ。』 そう言って、しばらくしてから、仔猫が1匹悲鳴を上げた。 そうしてキャンプが大混乱になった! 残念ながら、僕はキャンプの出入り口のすぐ横に座っていたので、猫たちは皆、外に出られず、シダの茂みに囲まれたキャンプの中を逃げまとうはめになってしまった。 ただ一匹、ファイヤスターが岩の上で真っ直ぐ僕を凝視していた。 僕はファイヤスターの頭の中に囁いてやった。 《危害は誓って加えない。森を守って見せよう。》 ファイヤスターは驚いた表情を見せた。 そして、大声で怒鳴った。 『静まれ!!』 キャンプが一瞬で静かになり、猫たちは、僕から極力離れて岩の近くに戻った。 『彼は一族に危害を加えない。なぜなら、僕は死にかけたところを彼に助けられた。彼がいなければ、今頃誰かが僕の死体を発見して嘆き悲しんでいた頃だろう。』 そう言って僕を見た。 なんだ、気づいていたのか。 『彼はきっと一族を脅威から救ってくれる。だから。』 族長は皆のほうへ向きなおった。 『彼を一族へ迎え入れようと思う。』 反対の声が上がらない。 怯えているのだろうか? 『えっと… 確かに僕は猫股で化け猫だけど… 絶対に危害は与えない。猫股って言うのは、二本足や猫たちを恨んで厄介なことをする奴もいるが、僕が知ってる奴は全員安全な猫たちだ。じゃあ・・・ 約束を破ったら僕は、尻尾を自分で切り落として見せよう。』 しばらく沈黙したが、1匹2匹とゴロゴロと喉を鳴らす猫が現れた。 多分、仕方なしに受け入れたのであろう… 信頼は少しずつ積み上げなきゃならないよね。 『じゃあ、皆とスター族の前で名乗ってくれ。』 ファイヤスターが僕に言った。 『僕は… とりあえず名前は二つ。ひとつは本当の名前。もうひとつは、ここで、ここの皆と共に行動するための名前。』 猫たちの集中は皆こちらへ来ている。 『ダブルテイルという名前で行動しようと思う。』 今度は、そのまんまだな… という目で見てきた。 先程の3匹は、ナルホド。と納得した目で見ている。 『これからよろしくお願いします。』 『これで一族の集会は終わる。ホワイトストームとシンダーペルト。あとダブルテイルは僕の所へ来てくれ。』 名乗ったばっかりなのに、ダブルテイルという名前が自分の事とは思えなかった。どうしても違和感がある。 でも外国の猫にキッショウと発音させるほうが無理があるだろう。 ファイヤスターが岩から降りて、集会は終わった。 猫たちも、散り始めた。 猫たちの一部は、僕の名前を呼んで行った。 すこし誇らしかった。 さて、ファイヤスターの元へ行かなくては。 二本に裂けている尻尾を元に戻し、岩の下のファイヤスターの元へ駆けて行った。 |